耳の手術のあとのチチ
僕とチチ

 

その5.

チチと僕は大の仲良しになった。チチの耳の手術の後も僕は付きっきりでチチ
の耳を舐めて上げたし、マミーの事やダディの事も教えた。家でのルールも沢
山あるから、家の中では咆えちゃいけない。シーシーとウンチは必ず、外です
る。家で一番強いのはマミー。全部面倒を見てくれるのもマミー。うるさくす
るのは嫌いだから、騒がない事。僕が学校で習ったトレーニングの事も教えて
あげたので、チチは直ぐに覚えたんだ。僕がする事を真似していればいいんだ
もの。


チチもお兄ちゃん、お兄ちゃんといつも僕にくっついている。でも、僕は悲し
い事を経験する事になっちゃったんだ。チチが家に来るまで、毎日午後4時に
なると、イツーの所に行って、空き地を駆け回っていたのに、チチが来てから、
イツーが冷たくなったんだ。チチを連れて遊びに行ったら、「フン、なんでこ
んなに若い女の子を連れてくるのよ。私はタマちゃんの恋人だったでしょ?」
イツーは僕より1歳5ヶ月年上だったから、チチの事は気に食わなかったみた
いなんだ。チチもイツーとなんだか、張り合って、僕を取り合いになり、喧嘩
になりそうだった。マミーも気が付いて「仲良くしなさい」とは言ったけど、
女同志の戦いになりそうだから、それから、午後4時のイツーとのデートは終
わりになっちゃったんだ。これが2度目の失恋だった。でも、ちっとも痛手に
ならなかったのは、チチが僕の妹になって、もう淋しくなかったからなんだ。


チチは昼寝の時も僕の横で寝て、必ず、体のどこかを押し付けてくるんだ。ず
っと、一匹で生活していたから、不安になるんだって。僕には判らないけど。
僕はずっと、生まれてからお父さん、お母さん、おじさんにお兄さん、お姉さ
ん、チャオさんと暮らし、その後はこの家でマミーとダデイに可愛がられてき
たから、不安になるなんて、どんな感じなのか想像もつかないよ。チチはダデ
イがあの嵐の中、自分を拾ってくれなかったら、死んでしまったかもしれない。
ダデイは命の恩人だと言って、ダデイを一番のご主人と決めたらしい。僕はマ
ミーに貰われたからマミーズボーイ。チチはダデイズガールだ。


でも、相変わらず、マミーはチチをブス子と呼んで、あんまり可愛がらない。
僕の事を溺愛していたので、仕方がないかもしれないけど。チチには凄く厳し
いんだ。言う事を聞かないと、パッシって平手が飛んでくるし、1年も後に来
たのに、僕と同じ事が出来ないと、頭が悪いと怒るんだよ。でも、チチは一生
懸命、僕の真似をして、色んな事を覚えた。チチは凄く頭がいいんだ。それに、
僕はマミーの知らない所でチチに特訓もしたし。でも、チチが怒られるのは凄
くいやなんだ。だから、マミーにチチが怒られていると、真中に入って、もう
止めてとマミーを止める事にした。ダデイと夫婦喧嘩の時も、マミーの声のト
ーンで怒っているのが判るから、ダデイを僕が守ってあげるんだ。マミーが大
きな声を出したら、直ぐに飛んで行って、マミーの前から飛びついて、まあま
あ、止めてよ!と止める。ダデイは「ほーら、タマちゃんが助けに来た。ちゃ
んと誰が悪いのか判っているんだ」と言うけれど、ただ単にダデイの方が弱い
から、喧嘩の仲裁して止めて欲しいと意思表示しているだけなんだ。でも、僕
が止めると、マミーは笑い出して、喧嘩にならなくなり、おとなしくなる。だ
から、段々喧嘩しなくなった。これは、僕にとって、凄くいいことなんだ。だ
って、喧嘩は大嫌いだからね。


毎日の散歩はマミーと僕とチチになった。朝7時前、お昼、午後4時に9時と
相変わらず4回の散歩だ。近所の探検もかねていたので、僕たちは毎日違う道
を歩いた。マミーはお屋敷通りを歩いて大きな家を眺めるのが好きだったみた
いなんだ。でも、その中の1軒のポーチに真っ黒なロットワイラーという怖そ
うな大きな犬がいた。でも、僕たちがその家の前を通るとフェンスの所まで飛
んできて何か言おうとするんだ。声が出ないんだ。でも、淋しい、悲しい目で
「助けて、助けて、ここから出して」と言っている。マミーも気がついたみた
いで、その前を通るたびに「どうしたの?お外に出たいんだね」と声を掛ける
ようになった。ロットワイラーのいるポーチはタイルがひいてあって、彼はそ
こに住んでいるみたいなんだ。でも、ウンチもシーシーもそこでしているから、
凄く汚い。夏の暑い時も、冬の寒い時も同じ所にチェーンで繋がれている。マ
ミーはそう言えば、このロットワイラーが散歩している所を見た事がないと気
がついたんだ。彼はずーとタイルの上に居たんだ。だから、僕たちが毎日毎日、
散歩しているのを見て、「助けてー、助けてー」と訴えていたんだよ。ある日、
マミーは僕たちを予防注射の為に獣医さんの所に連れて行った。マミーはあの
ロットワイラーの事を思い出して、獣医さんに聞いたんだ。「ドクター、ちょ
っとお聞きしたい事があるんですが。散歩の時にお屋敷通りで毎日、大きなロ
ットワイラーを見かけます。でも、咆えなし、声が出ないみたいです。それに、
悲しい顔で何かを訴えてきます。散歩をしている所も見たことがない。ドクタ
ーはあの犬の事、知っていますか?」と言うと、ドクターは「知っています。
僕たちも動物愛護協会も何度も注意したし、手紙も書きました。でも、オーナ
ーはいう事を聞きません。あのロットワイラーは手術で声帯を取ってしまって
います。実はオーナーは大金持ちで犬はステータスシンボルだと思っているん
ですよ。あの、ロットワイラーの前にコッカスパニュエルも飼っていましたが、
大きい犬の方が見栄えがいいからと、どうもコッカスパニュウエルに毒を食べ
させて殺してしまったらしいのです。僕たちもまた、抗議します。動物虐待で
すからね。」と話してくれた。マミーはビックリしてショックだったみたいだ。
僕も話の全部は理解出来なかったけれど、ロットワイラーは本当に助けを求め
ていたんだ。でも、どうしたらいいのかなあ?
                                                 
つづく(次号掲載は11月9日を予定しています)