その53.

アートリーグのスーさんの話も面白い。
スーさんは陶芸家の旦那さんと二人暮し。
これは、20年くらい前の話らしいんだけどね。
その頃、スーさんはダックスフンドを飼っていて、ドッグショーで賞を取るの
が生きがいだったんだって。

前の年にドッグショーで優勝したダックスフンドのグローリアが妊娠して明日、
赤ちゃんが生まれるという日に旦那さんと獣医さんの所にグローリアを入院さ
せるため、車で急いでいた。
前に、家でお産して失敗してお母さん犬も赤ちゃんも死んでしまった事があっ
たので、お産はちゃんと獣医さんの所でするようになったんだって。

旦那さんのリックさんは凄く急いでいて、スピードオーバーしてしまい、白バ
イに追いかけられたけれど、
「赤ちゃんが生まれそうなんです」
というと、ポリスがついて来なさいと先導して獣医さんまで来てくれたんだっ
て。

獣医さんが病院で待っていて、グローリアはすぐに入院した。
多分、明日生まれるので、午後にでも、迎えに来て下さいと言われて、スーさ
んもリックさんも家に帰ったんだよ。
次の日、スーさんは家の用事があるので、グローリアのピック アップをリッ
クさんに頼んだ。
動物病院について、グローリアに対面すると、グローリアは3匹の子犬を産ん
でいた。
「先生、全部もしかすると、女の子?」
「そうですよ、ぜーんぶ、女の子」

リックさんはガッカリした。これで、家の中にスーさん、グローリアに子犬三
匹で女性軍が5セットだ。

グローリアのケイジの横にはでっかい犬がやっぱりお産で入院していて、同じ
日に赤ちゃんを産んでいた。
「うわー、大きい犬ですねえ」
「グレートデンです。実は相談があるんですけどね、リックさん。このコは僕
の犬なんですよ。見ての通り、9匹も子犬を産んだので、おっぱいの数と子犬
の数が合わなくて、一匹だけ、おっぱいにあぶれてミルクをもらえないんです
よ。どうでしょうか、グローリアは有り余るほどミルクが出るから、このあぶ
れた子犬にミルクを分けてやってくれませんか?」
「えー、そりゃ駄目ですよ。先生もしっているでしょ、スーの事。彼女はダッ
クスフンド以外は受け入れないんです」
「判ってます、判っています。でも、これは、この子犬にとっては生死の掛か
った重大事なんです。このままだと、きっと、一匹だけ、死んでしまうかもし
れない」
その時、リックさんは実は本当はダックスフンドは女子供の犬で、男の飼う犬
じゃないと長い間思っていたんだ。このでっかくて威厳のあるグレートデンを
見て、これこそ、男の飼う犬だーと一目惚れしてしまっていた。
「先生、こんなに大きな犬をもう一匹、飼うかどうかは難しいけれど、とりあ
えず、ミルクが必要な間だけ、家に連れて帰って、グローリアの赤ちゃん達と
一緒に授乳させましょう。でも、それだけですよ。絶対に、それだけですよ」
と何度も念を押して子犬を連れて帰ったんだ。
でも、どうしよう。スーさんに何て言おうか?これは、黙っているのが一番だ。
直ぐに病院に戻すのだから。

家に帰ると、スーさんは待ってましたとばかりに
「何匹生まれたの?」
「4匹だよ。3匹は女の子で1匹は男の子」
「あら、ちょっと、この一匹だけ、変じゃない。何だか違う犬みたいよ」
「ああ、その子が男の子さ。きっと、そのせいじゃないか?」
とすっ呆けた。
グローリアは4匹にたっぷりとミルクを与えて育てたんだ。
そのうちに、グレートデンの子犬はあっという間に10倍も大きく育ち、さす
がのスーさんも
「ちょっと、リック。この子はグローリアの子じゃないわよ。一体この怪物は
どこから来たのよ」
とすっかり、ウソがばれてしまい、リックさんは獣医さんの所での話をした。
「じゃ、動物病院に返したらいいでしょう?もう、グローリアのミルクもいら
ないんだから」
所が、リックさんはそのグレートデンの子犬にファビオと名前をつけて、自分
の犬として手放せなくなってしまっていたんだ。

ファビオはリックさんの事が大好きなのと、グローリアを本当のお母さんだと
思い込んでいたので、他の女兄弟達と同じに自分はダックスフンドだと信じて
しまっていたんだ。
歩くときも前足を折って体を低くして、なるべく、グローリアやお姉さんたち
に自分のサイズを合わせようとした。凄く、変な歩き方なんだ。
ファビオは確かにいたずらっ子だけど、他の3匹の女兄弟は本当は知能犯で自
分たちがやったイタズラをファビオのせいにする事もあったんだよ。
一回は、リックさんのアトリエを滅茶苦茶にした。
でも、これは、女兄弟がわざとファビオに追いかけさせて、アトリエに入り込
み、駆け回って滅茶苦茶にしたんだ。
それで、スーさんはヒステリーを起して
「リック、だから嫌だって言ったじゃないの。ファビオは追放!絶対に、この
家から追放」と大騒ぎになったんだ。

こうなると、スーさんとリックさんは離婚の危機だ。(どこでもあるんだなあ
。うちも離婚の危機は何度もあったよ)

仕方がない。ファビオの事で離婚するのは嫌だったから、泣く泣くリックさん
はファビオを獣医さんの所に戻したんだ。
それから、リックさんは淋しくて淋しくて、毎日ファビオの事を思っていた。
段々機嫌も悪くなって、スーさんと夫婦喧嘩もしょっちゅうするようになった。
1週間後、リックさんの35歳の誕生日の日、スーさんは大きなバースデイケ
ーキを焼いてリックさんのバースデイパーテイをする事にした。
グローリアも口にプレゼントをぶら下げて、その後、3匹の子犬も口にプレゼ
ントをぶら下げて何とかリックさんの気持ちをハッピーにしようとしたけれど、
リックさんはちっともい嬉しそうじゃなかったんだ。
それで、スーさんが
「ベッドルームに行って見てよ。スペシャルなプレゼントがあるから」
リックさんはどうせ、たいした物じゃないんだろうとベッドルームのドアを開
けると、大きな箱にリボンが掛けてある。
急いで、箱を開けると、そこにはファビオが入っていたんだ。
「リック、本当に欲しかったバースデイプレゼントは、ファビオなんでしょ?」
「おー、スー、有難う!一番のギフトだ」
と大喜びしたんだ。全く、子供みたいだね。

それから、リックさんは獣医の先生にトレーニングの仕方を教わって、ファビ
オをトレーニングしてドックショーにも出たんだそうだよ。
(それでも、時々、ダックスフンド歩きはしたみたいだけれど)


つづく(次号掲載は10月18日を予定しています)