その80. 

これはカレンさんのお話だ。
カレンさんは大学のソーシャルウォーカーのテストを受けるために一生懸命勉
強していたけれど、ある日、突然具合が悪くなってしまったんだ。
色々な病院に行って、検査をしても、何が原因で具合が悪いのか判らなかった。
それから、何と7年も掛かって、やっと原因が判ったんだ。
カレンさんは全身の筋肉がどんどんと弱くなってしまう、珍しい病気に掛かっ
ていたんだ。
病気の事は判ったけれど、その頃はもう、立つこと出来ず、車椅子の生活にな
り、酷く、落ち込んでしまっていた。
毎日、暗い部屋の中で、死にたい、死にたいとどんどんと落ち込んで行くカレ
ンさんを心配したお父さんが、本で知った介護犬を持つ事で何か助けになるの
ではないかとカレンさんに話した。
カレンさんもこんな暗い生活から抜け出したいと介護犬を持ちたいとお父さん
に言ったんだ。

それから、毎日、カレンさんとお父さんは介護犬協会やエージェントにコンタ
クトしたけれど、カレンさんは条件が満たされないとどこからも、拒否されて
しまった。
でも、カレンさんはもう、犬を持つと決めていたので、ある日新聞でジャーマ
ンシェパードの広告を見つけて、3歳のジャーマンシェパードとアダプトする
事にしたんだ。

カレンさんはこの犬にベンと名前をつけたんだけど、ずっと、死にたい、死に
たいと思っていた気持ちが、ベンと出会って、今度は、生きたい。生きたい、
ベンと生きたいと変っていったんだよ。
カレンさんは自分でベンを介護犬としてトレーニングする事にした。
ベンは凄く頭が良くて、何でもカレンさんの為に出来るようになって来たん
だよ。
それから、2年後、今度はカレンさんは大きな心臓の手術を受けた。
筋肉がどんどん弱って、心臓まで来てしまったからなんだ。
術後、家に戻ったのだけれど、痛み止めにモルヒネの入った点滴と薬を飲まな
ければならなかったのだけれど、この薬のコンビネーションは凄く危険だった。
看護婦さんはカレンさんがリビングで眠ってしまったと思って、その日は一旦、
自分の家に帰ってしまったんだ。
その後、カレンさんは何と、昏睡状態になってしまった。
家の中にはカレンさんとベンだけだ。
カレンさんは呼吸するのも難しいほど、危険な状況になってしまったんだよ。
ベンはカレンさんがゴーゴーと変な音をたてて、呼吸する側で何かがおかしい
と異常には気がついたんだけれど、誰も家の中にはいない。どうしようかとウ
ロウロするばかりだった。
そこに、カレンさんのお父さんがカレンさんがどうしているか心配で、電話を
掛けてきたんだ。
3回、4回とベルが鳴ってもカレンさんが出ない。
ベンは決心して、受話器をくわえて外し、今度は受話器に向かってワンワンと
凄い勢いで咆えたんだ。
御願い、誰か助けて、カレンさんが死にそうなんだ!って、何とか伝えようと、
咆えまくったんだ。
お父さんはベンがそんなに咆えるのは初めて聞いた。それに、ベンの咆える声
の後から、ゴーゴーと変な音も聞こえる。
これは、ベンがカレンさんに何か異変があって、それを伝えようとしているん
だ!って、気が付いて、直ぐ電話を切ると、今度は看護婦さんに電話を掛け、
カレンさんに何かあったらしいと伝え、二人は、カレンさんの家に駆けつけた
んだ。

カレンさんは昏睡状態で呼吸困難になっていて、すぐに薬を打って、危機一髪
で助かったんだ。
もし、ベンがお父さんの電話に出て、カレンさんの異常を知らせなければ、
カレンさんはそのまま、死んでしまう所だったんだ。
それから、カレンさんは介護犬協会を設立して、自分で犬をトレーニングして
必要としている人たちに提供しているんだ。


つづく(次号掲載は6月27日を予定しています)

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