その92.

それから、思い出したのは、マミーとイルゼさんの大喧嘩だ。
マミーは絶対に拒否している。未だに。
昨日、イルゼさんからクリスマスカードが届いて
「私はまだ、ここにいます。電話を下さい。悲しいお知らせがあります。ボタンが車に轢かれて死にました。」
というメッセージが書いてあったんだ。
そうか、あのヨボヨボの意地悪なヨーキーのボタンが死んじゃったのか。
いつも、僕たちが行くと、凄い勢いで咆えて来て、可愛くない奴だったけれど、老衰じゃなくて、車に轢かれたっていうのは、何だか可哀想だなあと、僕は思った。
マミーは「ふーーん」と言ってから、カードをテーブルの上にぽんと、投げた。
まだ、イルゼさんが嫌いらしい。
いつもだったら、ボタンが死んだなんて聞いたら、きっとお花屋さんに行って、お花を注文して贈って上げるだろうに、よっぽど、嫌いになっちゃったんだ。
イルゼさんがまだ、ここに居るという事は夏前から売りに出している家も売れないし、マミーには怒鳴られて、嫌われるし、16歳にもなったボタンは車に轢かれるしで本当に運勢の悪い一年
だったみたいだ。
マミーの方は、イルゼさんと絶交してから、どんどんと新しいお友達が増え、特にすぐ近所のミミさんとは大の仲良しになった。
旦那さんのジムさんはギリシャ人だけれど、凄いインテリで僕のダデイの事が大好きでとっても気が合うし、ミミさんは63歳だけど、デトロイトの大金持ちの家系の人で、大らかで可愛いんだ。
勿論、僕とチチの事も可愛がってくれる。
マミーはミミさんに連れられてファーマーズマーケットに行ったり、ミミさんを連れて日本のスーパーに行ったりと2人であちこちに行くようになった。
それに、ミミさんが娘さんの所に一人で行ってしまった時は、ジムさんにサーモンコロッケとお味噌汁
を作って、届けてあげたら、ジムさんが
「もし、ミミがいなくて、君もゴードンがいなかったら、僕は君の所にお世話になりたい。このデイナーは今まで食べた中で一番だ」と70歳のジムさんに誉められた。
勿論、ミミさんに報告しているから、秘密じゃないよ。
それに、ミミさんとジムさんは僕とチチの事もこんなにお行儀のよい犬達は生まれて初めてだ。
とやっぱり、誉めてくれる。
2人の娘さんの所にはゴールデンリトリバーがいるんだけれど、何と、体重が60kという巨大なゴールデンなんだ。
マミーもダデイも、夏のご近所ブタの丸焼きパーテイの時に、ミミさんの家に遊びに来ていたこのゴールデンリトリバーに会っているんだけど、僕の2倍位の凄くデカイ奴だったらしいんだ。
でも、まだ、1歳の子供だから、ヤンチャで巨体なので、大変らしい。
そこへ行くと、僕たちは10歳という熟年だし、人のお家に行ったら、どうするかも、ちゃんと躾られ
ているので、ジムさんは静かな僕たちが好きらしい。
それに、ミミさんはアートの理解者でショーがある時はお客さんに出すワインやコーヒーの手配をしてくれたり、マミーの展覧会の時は2人でオープニングパーテイに顔を出してくれる。
とまあ、イルゼさんと絶交をした後は沢山の人たちとお友達になり、何だか、イルゼさんはヤキモチ焼きで今まで、マミーはブロックされていたんじゃないかと思ってしまった位なんだ。
とまあ、僕はイルゼさんちの前のベースボールヤードでウンチ出来なくなったのは淋しいけれど、マミーはイルゼさんが電話を掛けてこなくなってせいせいしているので、また、お付き合いをするのは、御免である、と思っているらしく、ボタンが死んだと聞いても、ふーんというリアクションになったらしい。

つづく(次号掲載は2月20日を予定しています)