その14.
僕とチチのバルコニー観察はつづいた。
僕はあるおばさんに気がついたんだ。下を通る時に必ず僕とチチに手を振って
くる。あれ、知らないおばさんだけど、いいや、愛嬌を振りまいてやれ、と毎
日、そのおばさんが通ると「キューキュー」って声を出して、チチとシッポを
振って、あいさつするようになっていた。
おばさんも僕が気がついた事を知って、ハーイって声も掛けてくれるよになっ
ていたんだ。誰だろうあの人は?
ある日、僕らがショッピングから帰るとフィリピン人のメイドさんがゴールド
の毛のフサフサした可愛い犬と散歩していた。マミーは
「あー、あの子犬だよ。イギリス人のカップルに上げた、あの子犬だ」
と直ぐに飛んでいって、
「あー、この犬、うちの主人が見つけて、差し上げた犬なのよ」とメイドさん
に話し掛けるとメイドさんは困った顔をして「違うと思いますよ」と言った。
「えー、ソックリよー。違うの?」
と犬の後ろに回ると犬にはたまたまがぶら下がっていたんだ。
この可愛い犬は男の子だったんだ。
「あー、ごめんなさい。このコは男の子ね。主人が拾ったのは女の子だったか
ら、違うわ。しかし、世の中には似た犬がいるのねえ。」と言った。
その晩、またマミーは興奮してダデイにこの遭遇の話をしたんだ。
「それが、瓜二つなの。ソックリなのよ。思わず、主人が拾った犬だって、メ
イドさんに断言しちゃったわよ。でも、後ろから見たら、立派なたまたまがつ
いているじゃない? 男の子なの。あの子犬は女の子だから、兄弟かもね」と
一人で盛り上がっていたんだ。
そうして、遂に、その犬と僕たちは正式に遭遇する事になった。土曜日の午後
だった。またショッピングがてらにプラザに向かって歩いていると、向こうか
らあの犬が歩いてくる。今日はメイドさんと一緒じゃないぞ。あー、あのおば
さんだ。
いつもバルコニーの下から手を振ってくれる、おばさんだ!
おばさんも僕たちを見つけて凄い笑顔でうれしそうに、近づいてきたんだ。
「ハーイ、やっと会えたね!」と僕とチチの頭をなでたんだ。
「毎日貴女の犬達とバルコニーのフェンス越しにあいさつしていたの。お父さ
んが帰ってくるのを見つけると、2匹とも大喜びで見ているこちらまでうれし
くなちゃうわ」と言った。「ねえ、これから、ショッピング?良かったら、コ
ーヒーでも飲まない?」とマミーを誘ったんだ。
とんでもなくフレンドリイなおばさんだ。そのまま、僕たちはプラザに行き、
ベンチに座って、マミーとおばさんは1時間もお喋りをしたんだ。
「私はリンデル。この子はジョージ」と自己紹介した。マミーも
「私はサラ、こちらのゴールドの大きい方がタマタマで黒い小さい方がチチで
す」と自己紹介した。マミーは「実は先週、ジョージがメイドさんと歩いて居
るところに出会って、他の犬と間違えてしまったんですよ。6ヶ月位前に主人
がここから2時間くらい山を登った沢で子犬を見つけて、連れて帰ってきたん
です。小さい小さい犬だったけれど、ゴールドの長い毛並みのそれは可愛い子
犬だったんです。すぐに貰い手がついたんですが、しかし、良く似ているんで
すよねー。ジョージとソックリなのよね」と話すとリンデルさんは「ジョージ
も6ヶ月位前に町のゴミ箱の中に捨てられていたのを拾われて、獣医さんから
引き取ったのよ。同じ時期だから、本当に兄弟かもしれないわね。でも、こん
なに可愛い犬をゴミ箱や山に捨てるなんて、許せないわ。」と言った。
本当にジョージとあの子犬は兄弟かもしれない。
その頃、チチはジョージに見とれていたんだ。どうも、一目惚れしてしまった
らしい。
「ところで、リンデルさんのアクセントはブリテッシュでもアイルランドでも
オーストラリアでもない、初めて聞くアクセントですが、どちらからいらした
んですか?」とぶしつけに聞いた。
「あー、それはね、私はイギリス系の南アフリカ人なの。だからじゃない?
ところで、貴女は中国人じゃないみたいだけど」と言った。マミーは「私は日
本人です。主人は日系のアメリカ人。今度紹介しますね」と言って、2人は意
気投合した。まー、毎度の事ながら、マミーは僕たちを通して、次々と友達を
作っていく。こうして、マミーとリンデルさんは大の仲良しになり、チチはジ
ョージに恋をした。
ジョージと僕らは親友になったんだ。ジョージの家は僕らのバルコニーの斜迎
え。
小さな噴水をはさんでいた。でもアパートではなくて、一軒家だったんだ。
小さい門があって、ジョージが散歩に出かけるのがバルコニーから見えるんだ
よ。
ジョージが姿を現すとチチはキャーキャー言って喜んだんだ。
マミーの所にすっ飛んで行って、ジョージが、ジョージが散歩している!私も
行きたい!!とキューキュー鳴くとマミーはどうしたの?とかならず、窓の外
を覗いて「あー、ジョージだね。チチ、デートに行こうか?」と散歩時間でな
くても連れて行ってくれる。チチはうれしくて、うれしくてブンブンと体をゆ
すって、ジョージの顔にキッスするんだ。僕はジョージなら仕方がない。焼餅
は焼かないと決めたんだ。
ジョージは近所のアイドルで若くてハンサムだったから、女の子の犬はみんな
ジョージにイカレちゃったんだよ。
週末はリンデルさんの仕事が休みだから、一緒に山に行ったり、プラザでマミ
ーとコーヒーを飲みながら、お喋りをした。マミーはリンデルさんは凄い情報
網を持っていると、いつも感心していたんだ。
近所の情報は、みんなリンデルさんから知った。
「ねえ、お宅の隣のアパートのメイさん、知っている?」とリンデルさんが聞
いた。
「ええ、この前のアパートの時もご近所だったのよ。それに、タマちゃんとキ
ングがベンジーっていう犬を巡って、恋の戦いもしたんだから。だから、私た
ちが引っ越して、1−2週間後にメイさんが隣に引っ越して来たのを知って、
ビックリよ」「メイさんの旦那さんが大金持ちなのは知っている?」「知らな
いわ。メイさんの事も散歩で前はキングを連れていたから挨拶くらいはしてい
たけれど、」「メイさんの旦那さんは不動産業で大儲けして、凄い金持ちにな
ったんですって。だから、ここにもあちこちに、沢山家を持っているのよ。メ
イさんは結婚12年目にやっと妊娠したので、香港サイドの実家に帰っている
んだけど、妊娠するまではキングを子供のように可愛がっていたのよ。で、あ
なたの隣のアパートのペントハウスをキングのために買って、マスターベッド
ルームに48インチのテレビを買って、キングとパンダは毎日、テレビを見て
暮らしているんですって。あのメイドさんもキングとパンダのためだけのメイ
ドさんであのペントハウスは犬の部屋なんですって」
「ゲー」とマミーはその話を聞いて絶句してしまった。
ペントハウスは僕らのアパートの2倍以上のサイズがあり、買うとアメリカの
お金で2−3ミリオンドルすると知っていたからだ。
犬のためにペントハウスを買ってやるの?とマミーは本当にビックリしてしま
った。
世の中には変った人がいるのはこの頃、よく判って来ていたけれど、このメイ
さんの話は別格に驚きだったみたいだ。
それから、しばらくの間「ペントハウス=犬小屋、ペントハウス=犬小屋」と
頭の中でガンガンと鳴り響いていたらしい。そして、まだ続きがあったんだ。
「でね、新しい犬のパンダね。どうもジョージの事だ好きみたいなのよ。外で
会うと、パンダがジョージにモーションを掛けてくるの。ジョージはパンダに
狙われているみたい」と言った。
あの、体の斑点がダルメシアンで顔がボクサーとブルドッグの混ぜたみたいな、
目の回りが真っ黒で性格の悪ーーいパンダがジョージを好きだって! 僕は若
い可愛い男犬を巡って2匹の年上の女犬の三角関係だーと咄嗟に思ってしまっ
た。
何も起こらないといいなあ。
つづく(次号掲載は1月11日を予定しています)
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