その13.
マミーは本気だった。ヨチヨチ歩く子犬を見て、母性本能を刺激されてしまっ
たんだ。
マミーはダデイに「ねえ、この子犬、うちの子にしようか?」
「いいけれど、3匹も面倒みれるのか?」とダデイ。
「チチを養子に出して、この子を家の子にするのよ」
「駄目だ!絶対に駄目だ!チチはいい子じゃないか。言う事も良く聞くし、僕
は最後までチチの面倒は見るんだ。だから、チチは養子に出さない」ときっぱ
りと言い放った。
マミーは膨れっ面をして「そうね、仕方がない」と言って、また、子犬を連れ
て、外に出て行ったんだ。アー良かったよ。
僕だって一番の親友で妹のチチが居なくなるなんて考えられない。
僕とチチはバルコニーに寝転がりながら、胸をなでおろしたんだ。サンキュー、
ダデイ。
そして、信じられない事が起こったんだよ。
マミーが子犬を連れて、外の芝生にいたら、丁度カップルが通り掛かったんだ。
女の人が「まー、可愛い子犬ですね。」と話し掛けてきたので、マミーはこれ
はチャンスだと「可愛いでしょう。でも、私の子犬じゃないんですよ。主人が
昨日、ここから2時間も山を登った所にある沢に捨てられて来たのを拾って来
たんです。私はもう、2匹一緒に暮らしているので、この子は飼えないんです。
だから、どなたか欲しい方がいたら、差し上げたいんです」
「えー、お幾らなんですか?」
「もちろん、フリーですし、犬の小物もプレゼントします。貰ってください。
良かったら、コーヒーでもどうですか?どうぞ、どうぞ」と見知らぬ人を家に
連れてきた。
マミーはコーヒーを入れながら「最近、引っ越して来たんですか?」とリサー
チを始めた。
「私はリサ、彼は主人のジョシュアです。イギリスから2週間前に来たんです
よ。結婚したばかりなの」と言った。
「まー、おめでとうございます。ここに住むには犬が居ると楽しいですよ。ハ
イキングに行ったり、ビーチに泳ぎに行ったり出来るし。それに、この子は凄
いんですよ。ちゃんとトイレのしつけが出来ているから、手間が掛からないし」
とトップセールスマン張りに頑張った。
この新婚さんのイギリス人はコチャコチャと2人で内緒話をしていたが、すっ
くと立つと旦那さんが「ワイフがどうしても欲しいというので、引き取ります。
このまま、連れて帰っていいですか?」と言った。
マミーはパッと明るい顔で「もちろん!」と言いながら、僕が赤ちゃんの時に
飲んでいた粉ミルクやタオルケットに子犬の為に買って来たパピーフードも皆
紙袋に詰め込んで「本当に有難う!助かりました!」と2人に渡した。
こうして、子犬はたったの2日間で、新しい家に移っていったんだよ。
チチもトレードの危機を脱したんだ。アー良かった。
そうこうする内にそろそろ、チチの2回目の女の印の時期が来た。
マミーは27日間もチチにオシメしたのがどうしても面倒だと手術を決行する
事になったんだ。
でも、あの獣医さんだよ。僕にひどい手術をした、あの獣医さんだよ。
僕はとっても心配だった。病院に一緒に行くと獣医さんが
「男の子の手術より女の子の手術の方が、はるかに簡単です。もう、年2回の
印もなくなりますし、将来の事を考えると、今するのが一番です」と言った。
チチはそのまま、入院して、手術を受けたんだ。
午後5時にマミーが迎えに行き、チチは帰って来た。本当だ。手術の跡も小さ
いし、僕の時のようにあんなにひどい手術じゃない。良かったね。チチ。
でも、このチチの手術は6ヶ月後に思わぬ結果を出したんだ。
手術の後はチチは前にもまして、男ぽくなり、シーシーをする時は片足を上げ
てするし、あちこちにマーキングしてテリトリー意識を丸出しにしてきた。
1回の散歩で10回くらいに分けてシーシーをして、ここは私の境域だと臭い
をつけて行く。普通は女の子はそういう事はしないんだ。
反対に、僕は2回くらいしかしない。あんまり、テリトリーにこだわらないな
いんだよ。
それに、マウンテングと言って、僕の後ろから乗っかってきて、腰をペコペコ
動かすんだ。マミーもダデイもチチの恍惚とした顔を見て、ビックリしてしま
った。
だって、チチは女の子でおちんちんもついていないのに、何やってんだーと本
当にビックリしたんだ。
そして、僕らはプラザで新しい犬と出会った。
ショッピングの帰りにマミーはベンチでコーヒーを飲んでいると、大きなカッ
コいい犬が大きな乳母車を連れた女の人ときて、マミーと僕らの隣に座ったん
だ。
「素敵な犬ですね」と話し掛けると、女の人は「ええ、この犬はハスキーです。
1ヶ月前にカナダから引っ越して来たんですけれど、寒い所の犬だから、この
気候に参ってしまっているんですよ」と言った。
マミーは乳母車を覗き込んで「まあ、可愛い赤ちゃんですね。双子? 男の子
と女の子ですか?」と聞いた。
「ええ、男の子はジョン、女の子はエミリーです。」と2人は世間話を始めた
いた。
僕はハスキーを見て、僕が今まで会った犬の中で一番カッコいいと思ったんだ。
シルバーのフサフサした長い毛並みに明るいブルーの目をしていた。
カッコいい奴だなーと見ていたら、ハスキーは「ふん、お前みたいなローカル
の雑種とは友達にはならないぜ。格が違うんだよ、格が。
おい、もし、少しでもこの乳母車に近づいたら、ただじゃおかないぞ」と鼻に
シワをよせて、ウーっと低く唸ったんだ。その音を聞いて、カナダ人の女の人
は「では、また」とスーパーマーケットの方に歩いて行った。
マミーはその後ろ姿を見ながら「タマちゃん、ハンサムな犬だったねえ。大き
いし、威厳があったね。目は青いし。いい犬だねえ。でも、やっぱり、タマち
ゃんが一番ハンサムだ。ラブラドールもハスキーも、ハンサムだけど、皆同じ
感じだな。そこにいくと、タマちゃんは絶妙なミックス加減。世界に2匹とい
ないから、タマちゃんが一番!」と言ったんだ。
まったく、親ばかっていうやつだ。誰が見たってハスキーと僕じゃ、ハスキー
の方がハンサムに決まっている。でも、落ち込みそうだったから、マミーの親
ばかにはうれしかったよ。僕はハスキーはお高くとまって鼻持ちならない奴だ
と思った。
その後、バージャーもアーノルドもハスキーと遭遇して「お前たちチンピラと
は僕は格が違うから、近くに寄るな」と、またウーッと唸られたらしい。まっ
たく、何考えっているんだ?
それから、他のハスキーとも何度も遭遇したけれど、皆自分が一番と思ってい
るお高く止まった奴ばかりだった。その頃から、僕はハスキーが嫌いになった。
ちょっと、ヤキモチも含めて。
マミーは麻雀が大好きだった。週末になると、お客さんが沢山来て、テーブル
の上でジャラジャラ変な音をたてて、ゲームをするんだ。ダデイの友達も沢山
きたんだよ。
その中にモナさんという上海から来た女の人も居たんだ。
モナさんは昔、何回もアメリカ人と結婚したけれど、その時は独身だった。
モナさんは凄くいい人だけど、ストレートで口が悪い。
時々、マミーはビックリする事があったんだよ。そのモナさんが初めてチチを
見た時に「すごーい汚い犬。こんなブス犬、見たこと無い。何なのこれ」と言
ったんだ。マミーは、自分がチチをブス犬と呼ぶのはいいけれど、モナさんに
言われた時はショックだったんだ。
本当に自分が思っている事と同じ事をモナさんがはっきりと口に出したので、
チチが可哀想になった。 仕方がないよ。チチは色んな種類の犬の雑種だから
、ペットショップで売られている犬達とは違うんだ。
その頃、チチはブスとクサイという言葉を聞くと、自分の事だと思って、小さ
くなって、落ち込むんだ。
何回か、モナさんが来て、チチを不細工と言ったある日、マミーはふと、ある
事を思い出したんだ。
若い頃、マミーはニューヨークに住んでいた事があった。
そういえば、お金持ちの人達がピンクや黄色のマルチーズを抱いていたなー。
マルチーズは白の筈だから、あれは、毛染めをしていたに違いない、そうか、
そうか、チチの毛を染めてみよう。いいかも??とまた、勝手に思い込んだん
だ。
次の日、さっそくドラッグストアーで黒のヘアダイを買って来て、チチの毛を
染めたんだ。
グレーとブラウンの下毛に固い黒い上毛の生えているところを、真っ黒に染め
たんだ。
そうしたら、30分後、シャワーで洗い流してバスルームから出てきたチチは
まるで、スモールドーベルマンになっていた。
マミーは大喜びで「チチ、綺麗、かこいい」と絶賛したんだよ。
すると、チチはツンと鼻先を上げて、シャナリシャナリと歩き始めたんだ。
どう、私、綺麗でしょう?と自信を持ったんだ。 女心は判らないよ。
僕は、自然のままのチチが可愛いと思っているけど、マミーも大喜びでチチも
自信が付いたんなら、それでいいけれど。
ちょっと、臭いがなあ。変な臭いがするんだ。アンモニアとかいうらしいけれ
ど、慣れるまで、時間が掛かったよ。
そうして、次の週末、また、モナさんが麻雀しに来たんだ。
チチを見るなり、「わー、チチ、別の犬みたい。良く染まったわねー。いいよ、
いいよ。かっこいいよ。可愛いー!」とチチを誉めてくれたんだ。
それ以来、2−3ヶ月に一度はチチのスペシャルサービスのヘアダイが始まっ
たんだ。
でも、近くの子供達は良く見ているから、新しいチチを見て、すぐに聞くんだ。
「どうして、チチの色が違うの?」
マミーは困って、
「夏の毛と冬の毛は違うのよ。色が変るの」と苦し紛れのウソをついたんだ。
きっと、あの子供達は犬は夏と冬は色が変るって信じちゃったに違いないよ。
まったく、罪作りだ。
つづく(次号掲載は1月4日を予定しています)
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