ウッドランドヒルズからのながめ
その17.

ラ・コスタに住んでから、あっという間に2年がたった。
その間も1年目には台所の流し台のシンクが2つともドンと言う音を立てて落
っこちた。メイドさんのジャッキーが大慌てで、「落ちた、落ちた」とマミー
に報告に来たんだ。
調べて見ると、台の部分と金属の部分がボンドで貼ってあるだけだから、水を
使ったり、食器を入れると重さに耐えられない。
マミーはどこのバカ者がこういうものを造るのか?とあきれて、口がふさがら
なかったんだ。
その次は床だった。どうも、食器棚のドアーが開かないと調べてみると、床が
かしいでいて、ボールを置くとコロコロと窓の方に転がっていく。
やっぱり1年経ったころから、壁に大きな亀裂がはいったんだ。
地震があるわけじゃないし、どうして、こんな亀裂が入るのかと首を傾げてい
たんだ。
こうして、このアメリカのお金で1ミリオンドルする部屋はどんどん、ボロボ
ロになって行ったんだよ。
マミーは、これじゃ、前の所と同じだ。どこに住んでも、こんなものなのか、
とあきらめたけれど、2年ごとの更新というものがある。
マミーは便利だし、ジョージと近所だし、もし、そんなに家賃が上がらなけれ
ば、ここに住んでもいいなあと考えていたんだ。
でも、ダデイが大家さんと交渉すると、大家さんは50%の値上げを言って来
たんだ。マミーもダデイも「そんな、バカなー」と思った。
丁度、香港は中国に返還秒読み状態で、どんどん、イギリスの人達が引っ越し
をはじめていたし、沢山空いている部屋はあったから、大家さんの50%値上
げは無謀な値上げだった。
ダデイはもうこれ以上家賃は払えないと20%の妥協案を出したけれど、大家
さんは50%から、一歩も引かなかった。
マミーはバカじゃないの!とまた、引越しをする事に決定したんだ。

また、マミーは毎日不動屋さんと部屋探しを始めた。
なかなか、いい部屋が見つからなかったんだ。
でも、1週間位、毎日、毎日マミーは歩き周り、やっと気に入った所を探し出し
て来た。
マミーは僕たちとダデイを連れて、その新しい部屋に行った。
ちょっとフェリーポートからは離れているけれど、歩いていけない訳じゃない。
ここで一番高い丘の上に3棟同じ建物がたっているんだ。
今度は30階だての25階だ。バルコニーはずっと広いけれど、丘の上の25
階だから、下を通る人は小さくて見えないんだ。あーあの、観察する楽しみは
無くなっちゃったよ。
マミーは「ダデイ、見て、見てこの景色。スぺキュタキュラーでしょう」
景色は凄く良かったんだ。
丁度、九龍と香港島が見えて、遠くから、フェリーが入ってくるのも見える。
「後ろが山で前が海。それに湾になっているんだから、風水的にも最高だ! 
それに、ダデイ、スッポンポンで歩いても誰からも見えないよー」とはしゃい
でいた。
僕はまた新しい部屋かーと本当はガッカリしていたんだよ。
僕はあんまり新しい所に移るのは好きじゃないんだ。
だって、やっと自分の匂いもついて、リラックス出来た所でまた、引越しでし
ょう。
チチもあーあー、ジョージに会えなくなっちょうよとガッカリしていた。
でも、仕方がない。ダデイとマミーが決めた事だもの。

新しいアパートはまるで、犬のアパートのようだったんだ。
エレベーターの中でもよく、知らない犬と一緒になるし、ビックリしたのは、
隣の棟にバウジャーとアーノルドが住んでいたんだ。
マミーは全然知らなかったんだ。
偶然にしては出来すぎだから、これは、僕らは縁があるって言う事なんだなあ。
夜9時になると、アパートの前は犬の幼稚園のようで、20匹位集まって来る。
ソフィーさんは僕らがお隣さんになった事を凄く喜んだ。犬のパーテイにもソ
フィーさんがマミーを誘ったんだ。
出かけて行くとソフィーさんがボスみたいで、アーノルドとバウジャーは主の
ようだった。
でも、その頃はアーノルドもバウジャーも僕とチチの子分になっていたから、
僕たちが新しい仲間として入って行くのは問題がなかったんだ。
どうして、子分になったのかと言うと、山での出来事が切っ掛けだったんだよ。
僕はバウジャーがギャングのようで、クールだと思っていたんだけれど、実は、
バウジャーもアーノルドもハンテングの仕方を知らなかったんだ。
ある日、彼らが野ねずみを見つけて、2匹で追い詰めたんだけれど、その後、
どうしていいのか、わからずにウロウロしていた。
そこにチチが来て
「なにやってんのよー。そんな事していたら、逃げられちゃうわよ」とあっと
いう間に捕まえたんだ。そうしたら、アーノルドもバウジャーも
「へへー、僕らは今日から子分になります。ハンテングを教えて下さい」と言
ってきたんだ。僕はチチのお兄ちゃんだから、自然に僕の子分にもなったんだ。

アパートの前に集まって来る犬達は年を取った犬や、小さな犬が多かった。大
きい犬は、ゴールデンリトリバーのボンボン。その内に大きくなるだろうジャ
ーマンシェパートミックスのブラウニー。
20匹位いても、段々仲良しになって行くのは決まった犬になった。
ボンボンは3歳の男の子だけど、1人ッ子で気が弱いんだ。
体は僕よりずっと大きくて太っていたけれど、おとなしい奴だったんだ。
だから、初めて会った時に、僕に挨拶に来て、僕のおしりの匂いをかごうとし
たボンボンを、ガオーって脅してやったんだ。
そうしたら、ボンボンは凄くビックリして、飛び上がったんだ。
それから、なるべく僕の側には来ないように避けていたけれど、近づいて来た
ら、また、ガオーって脅すと、また、飛び上がってビックリする。
だから、面白くて、わざとボンボンをからかった。

ブラウニーは韓国人のお母さんと中国人のお父さんがいたんだけれど、まだ、
新婚さんで、ブラウニーは動物愛護協会から貰われて、来たんだ。
ただ、問題はお母さんのスージーさんが犬を飼った事が無かった事とブラウニ
ーは子犬でエネルギーが余ってヤンチャでいたずらっ子だったんだ。
もう、外に出てきた途端に遊ぼう、遊ぼうとみんなの所に順番に回って誘うけ
れど、僕はもうすぐ5歳、チチは4歳で、子犬と遊ぶ年じゃないんだ。
あんまり、ブラウニーがうるさくまとわりついて来ると、ガオーって脅してお
となしくさせるんだ。そうして、ブラウニーも僕の子分になったんだ。

後は、小さいヨーキーが2匹。初日にマミーにシーシーを引っ掛けた奴なんだ。
飼い主は台湾の人らしいけれど、一度も見たことがない。
いつも、メイドさんと一緒だった。
1匹の名前が「ドウドウ」これはウンチという意味でもう一匹が「ウィーウィ
ー」これはおしっこという意味だ。マミーはそのメイドさんに
「冗談でしょう?本当の名前?」と聞いたくらいだ。
メイドさんは「そうなんです。ドウドウとウィーウィーです。本当の名前で
す」と答えた。
マミーはタマタマとチチも変な名前だけど、ドウドウとウィーウィーはないぞ。
これは、負けたと内心クソっと思ったらしい。結構、負けず嫌いな人なんだ。

こうして、ウッドランドヒルズの新しい生活が始まったんだよ。
                          
つづく(次号掲載は2月1日を予定しています)