その46.

「病院に来るボランテアでメイプルというビーグルとポインターのミックスの目
のクリクリとした可愛い犬がいるんです。この犬も捨てられて危うく薬殺という
日に今の飼い主のキャリーさんにアダプトされたんです。どんな経緯でメイプル
が捨てられたのかは判りませんが、この犬はずば抜けて人間の心を癒すパワーが
あります。僕が今までで一番ビックリしたのは、このメイプルの事です。
大体、子供病棟から重症の患者さんまで、メイプルの来るのを心待ちしているの
で、ボランテアの日はキャリーさんもメイプルも疲れきってしまうんです。
ある日、帰り支度をして、エレベーターホールにいると、丁度降りてきたエレベ
ーターのドアが開いて、乗ろうとしたんですね。すると、中から男の子とお父さ
んが出て来て、メイプルを見ると「ワー、可愛い犬だね。もう、帰るの?」と聞
いてきたので、「帰るところ」と答えると、もし出来たら、僕のお母さんの所に
寄ってくれないか?と男の子が頼んできたのです。キャリーさんも帰る所だけれ
ど、メイプルにどうする?と聞いたんです。メイプルは目を細めて、シッポを振
ってOKのサインをだしたので、そのまま、男の子とお父さんに付いて行ったの
ですが、その病棟は重症患者専用の集中治療室だったんです。部屋に入ると40
歳位の顔が真っ青で血の気のない明らかに死のふちをさ迷っている女性がベッド
に寝ていました。
キャリーさんはメイプルと静かにベッドに近づいて行き、「こんにちわ。私はキ
ャリーでこのコはメイプルです。よろしく」と静かに囁きました。
メイプルはベッドの女性の手をなめて、それから、そっと顔に近づいて行き、ホ
ホを優しくなめたんです。
すると、女性は少しづつ、目を開くと「あー、犬じゃないの?どうしてここに?」
「貴女のお見舞いに来ました」メイプルは静かに静かに女性のホホをなめ続けた
んです。
女性の顔に段々と赤みがさして、「嬉しいわ、このコは昔、私が子供の頃に飼っ
ていた犬とソックリだわ。」と言いました。
キャリーさんは余り彼女に無理をさせてはいけないと「今日はもう帰りますが、
またきっと、お見舞いにきますね」と言って、メイプルと病室を出たんです。
外では、男の子とお父さんがビックリした顔をして立っていました。女性は3日
前に家で倒れて、コーマが続き、脳の10%も働いていない状態だったんです。
僕たち医者側も、もしかすると、このまま植物化してしまう恐れがあると思って
いました。
男の子もお父さんも幾ら声を掛けても全く反応しなかったのに、メイプルのキッ
スで目を覚まして、彼女が話はじめたのですから、それは驚きますよね。
医者側から診ても、どうしてコーマから突然覚醒したのか、さっぱり判らない。
ミラクルとしか言い様がないんです。その女性は、その夜を境にどんどんと元気
になりました。
「 これは、メイプルの力ですよ」皆、ロバートさんの話に聞き入っていた。
僕も、凄い奴がいるんだなーと聞いていた。
                               
つづく(次号掲載は8月30日を予定しています)