その63.
                                    
ある朝、いつもの様に森から帰ってくると、ビルさんとシェリーさんがマーレ
ンともう一匹の見慣れない白い犬を連れて、お散歩しているのを見かけたよ。
家に帰るとダデイはすぐにマミーに報告だ。
「今朝、ビルさんたちを見かけたんだけど、新しい犬を飼ったのかい?」
「白いウェステンテリアでしょ?マーレンにソックリな」
「そうだよ。」
「あー、それなら、ビルさんのすぐご近所にポテトだか、グラタンだかって言
うマーレンにソックリなウエステンが引っ越して来て、仲良しになったみたい
よ。お互いの家で預かりっこしているみたい。きっと、その犬じゃないの?」
「そうかなあ、何だか様子が違っていたよ」
ダデイは何となく、腑に落ちない顔をしていた。

それから1週間位して、今度はマミーがビルさんたちを見かけた。
「ハーィ、ビルさん、シェリーさん、久しぶりね、その白い犬は誰?」
「このコは新しいマーレンのブラザーだよ」
マミーはへー、と言って、もっと話したかったのだけれど、僕たちをフィール
ドにお散歩に連れて行ってくれる途中で車に乗っていたので、すぐ後ろに他の
車が来てしまい、渋々、じゃーねと発進させたんだ。
お散歩の間中、マミーはマーレンの新しいブラザーの事が気になって仕方がな
かった。
帰り道に、ビルさんのお家に寄る事にしたんだよ。

玄関の呼び鈴を鳴らすと、凄い勢いでワンワンと咆えまくっているうるさい奴
が新しい犬だと直ぐに判った。
マミーは、僕たちは車の中で待っていた方がいいと一人でビルさんの家に偵察
に行ったんだ。
直ぐに、シェリーさんが出て来た。
「ハイ、シェリー、マーレンの新しいブラザーの事が気になって」
「ええ、随分前から、マーレンが一人っ子なので、淋しいだろうと思って、ウ
エステンを探していたのよ。ウイスコンシンのウエステンを助ける会っていう
シェルターで見つけたの。このコの名前はバーバって言うのよ。このコのマミ
ーは42歳で糖尿病で亡くなって、その後、おじいちゃん、おばあちゃんの家
に引き取られたんだけど、こちらも健康上の問題があってあちこちにたらい回
しにされて、シェルターに来たらしいの。まあ、マーレンも兄弟が出来て嬉し
いんじゃないかしら」
バーバはマーレンよりも顔が大きくて、体もガッチリしている。
シェリーさんによると、愛情に飢えているんだそうだけど、マミーに飛びつい
て、ミーミーミーと物凄い、自己主張をするんだ。
マミーがハイ、マーレンって声を掛けると、マーレンは嬉しくて、いつものよ
うにチューをしようとすると、バーバはその間にグイって入ってきて、マーレ
ンを押しのけってしまうんだって。
マーレンは何だか、小さくなって耳もたれて、凄く困った顔をしていた。
マミーもマーレンが新しいブラザーが来て嬉しそうには見えなかった。
「で、マーレンとは上手くやって行けそうなの?」
「まだ、1週間、10日しか経っていないので、私達もバーバの事はまだ、よ
く判らないのよ。取りあえずはマーレンが受け入れたっていう感じかしら?た
だ、3歳なのに全くしつけをされていないから、咆えるし、まだまだ、タマタ
マとチチには会わせられないないわね」
「そうね、もう少し、この家になれて、周りの環境にも慣れてきたら、ご対面
ね」
といって、マミーは車に戻って来た。
「タマタマ、チチ、マーレンとは当分遊べないわよ。新しいブラザーのバーバ
はきっと、あんた達は気に入らないから」
と言った。
そうか、マーレンの新しいブラザーはバーバって言うのか。
ワンワン大騒ぎしているのが聞こえたけれど、マーレンと遊べないのか、とち
ょっとガッカリしたよ。

それからがビルさん一家の大災難の始まりだったんだよ。
ビルさんとシェリーさんは二人とも働いているので、お昼間はエルマさんとい
うおばちゃんがお散歩に連れて行ってくれることになっている。
今年の冬は早くて、11月から雪が沢山降って、外は真っ白なんだ。
ある日、エルマおばちゃんがお散歩のお迎えにマーレンの家に行って、ドアー
を開けた途端、バーバがロケットのように表の通りに飛び出した。
アッという間の出来事でエルマおばちゃんは何が起きたのかさっぱり判らなか
った。
けれど、後ろでギャィーンっていう凄い泣き声がしてビックリして振り返ると、
丁度通りかかった車にバーバが下敷きになっていた。
バーバは白い犬で、運転手のおばーチャンには見えなかったから、止まらずに、
どんどん走って行ってしまったんだって。
不幸中の幸いはタイヤに引っ掛けられたのではなくて車の下に引っ掛けられて、
ゴロゴロと道路を引きずられたから、太ももと背中の皮がズルむけてしまった
くらいの怪我で済んだんだって。
マーレンがおとなしくて賢いのでエルマおばちゃんもそのつもりでいたから、
バーバの事故は大ショックだった。
モチロン、すぐにシェリーさんはオフィスから戻り、病院にバーバを担ぎ込
んだんだ。

まだ、続きがあるんだ。
病院から帰って、何日か経つと、すっかり元気になったバーバは益々、やりた
い放題でマーレンはすっかり小さくなってしまった。
ある日、シェリーさんはお隣りのジェーンさんと外でばったり会って、バーバ
を紹介したんだって。
でも、まだ、どんな犬か判らないからハグはしないでねとクギを刺したのに、
マーレンが本当に優しいいいコなのでジェーンさんはバーバも大丈夫だとタカ
をくくっていたんだ。体を折り曲げて、バーバを抱こうとしたら、バーバはジ
ェーンさんの顔に突然、噛み付いたんだ。
それからが、大変だ。ジェーンさんを病院に連れて行き、唇のところを何と4
針も縫う怪我になってしまい、モチロン、治療費はシェリーさんもちだ。
その後、警察に犬が人を噛んだというレポートをして、バーバは遂に、検疫所
に送られる事になってしまったんだよ。

同じウエステンだけど、マーレンは万に一匹の特別な犬だから、ビルさんもシ
ェリーさんもバーバを引き取って、こんなに大変な事が起きるとは夢にも思っ
ていなかったんだ。これから、検疫所を出所した後、バーバがどんな大騒動を
起すのか、マミーはとっても心配になってしまった。
これで、僕たちとマーレンは益々、遊べなくなってしまったよ。
バーバはプロブレム チャイルドだったんだ。
                                         
つづく(次号掲載は2月21日を予定しています)