その67.

今日は、ダンおじーちゃんのお話だよ。
おじーちゃんはサウスキャロライナの山の中の避暑地に一人で暮らしている。
80歳。
子供もなく、奥さんも随分昔になくして、このヴィレッジで長い間の一人暮ら
しだ。
夏が終わると、住人達は殆ど、都市に戻ってしまって、ヴィレッジは人気が無
くなってしまう。おじーちゃんは自転車に乗って、泥棒が入らないようにと見
回るのが仕事だ。

でも、お金にはならないので、年金で細々と暮らしているんだよ。

淋しいなんて思った事はない。気楽な一人暮らしだ。

ある日、家の外を見ると、やせたドロドロになった犬が一匹、怯えたように立
っていたんだ。
相当、苛められたようで、体中に傷があるし、汚いんだよ。

おじーちゃんは外に出て、朝ごはんの残りをボールにいれて
「ほい、食べ物だよ」
と差し出したけれど、犬は近くに寄ってこない。
そのまま、ボールを外に置いて、おじーちゃんは家の中に入ってしまった。

次の朝、見てみると、ボールは空になっていたので、きっと、おじーちゃんの
姿が見えなくなってから食べたのだなあと思って、また、残り物をボールに入
れておく。
そうすると、次の朝には無くなっている。
でも、犬はおじーちゃんの側には近寄って来ないんだ。

おじーちゃんは犬の怯え方が酷いので、きっと、辛い目に合ってきたんだと思
って、毎日、毎日我慢強く、犬が心を開くまで待つ事にした。

何と、2ヶ月もおじーちゃんは自分の食べ物を野良犬に分けてあげたんだ。
その気持ちが通じたのか、ある日、野良犬は
「貴方は信用できる」とおじーちゃんの側にやって来た。

近くで見ると、耳からはドロドロと液体が出ているし、野良犬は獣医さんの治
療が必要なのが判るんだ。
でも、おじーちゃんには獣医さんに連れて行くお金が無かった。
「ごめんよ。君を獣医にみせるお金が無いんだ。でも、食べ物は一緒に分けよ
うな」
と犬の頭を撫でてあげたんだ。
それから、庭に4本の杭を打って、その上に拾ってきたシートを被せて、即席
のテントも張って、野良犬のシェルターを作った。
そうすると、野良犬はそのテントに住み着くようになり、すっかり、おじーち
ゃんを信用するようになっていたんだよ。

ある晩の事だった。
おじーちゃんがすっかり熟睡していると、外で、バディと名づけた野良犬が物
凄い勢いで咆えている。
おじーちゃんはその咆え方が凄いので、びっくりして飛び起きて、外を見ると
、若い男が、足をもつれさせながら逃げて行く。

その男は泥棒で、まさか、バディが番犬をしているとは思わずに、おじーちゃ
んの家に忍び込もうとしていた所を、後ろから、物凄い勢いで吠え立てられて、
ビックリ仰天して逃げ出す所だったんだ。

おじーちゃんはバディが自分を守ってくれた事を知って、凄く嬉しかったし、
同時に、バディはただの野良犬じゃないんじゃないか?と思い始めていた。
でも、首輪も迷子タッグもついていない、本当の名前さえ判らない。

その泥棒事件の後から、バディはおじーちゃんのボディガードのように振舞う
ようになっていた。本当におじーちゃんのバディになっていったんだよ。

ある日の事だった。
おじーちゃんは冬の為に薪を拾ったり、木を切って薪を作っていた。
バディはその側でウロウロとしていたんだ。
すると、女の人がコリーとビーグルを連れて、歩いて来る。
バディは体を緊張させたかと思うと、凄い勢いでその女の人と犬達に吠え掛か
ったんだ。女の人は
「ちょっと、おじーちゃん、この犬は貴方の犬?取り押さえて下さい。私の犬
達が怖がっているわ」
「おー、ごめんよ、バディ、黙れ」
女の人はこのビレッジに1年の内半分住んでいるジェニーさんだった。
いつもは、違うコースで散歩をするのに、その日に限って、違うコースを取っ
て、おじーちゃんの家の前の通りを歩いていたんだ。

「おじーちゃん、この犬は耳の中に炎症を起しているから、獣医さんの所に連
れて行かなければ駄目よ」
ジェニーさんは一目でバディが獣医さんの治療を必要としているのを見抜いた。
「うん、うん、判っているんだけれど、連れて行けないんだ」

おじーちゃんは自分が一人暮らしで年金で生活している事、バディが突然庭に
現れて、それから、ずっと面倒を見ていること。バディが野良犬なのか、迷子
犬なのかそれすら判らない事を話したんだよ。

ジェニーさんは優しいおじーちゃんの気持ちに感動して、何か助けをしたいと
申し出たんだ。
ジェニーさんがバディに近づいていくと、バディはゴロンと地面に横になって、
おなかを見せた。これは、ジェニーさんを信用しているという証拠だ。
すると、ジェニーさんが叫んだ。
「おじーちゃん、見て、見て。バディのお腹にナンバーが刺青してあるわよ」

バディのお腹には花のマークと4桁の数字が青いインクで刺青してあった。
これは、認識番号だったんだ。

「おじーちゃん、この犬はオーストラリアン シープ ドッグで誰かの犬よ。
これから、私は家に帰って、インターネットでこのナンバーの犬が迷子の届け
が出ているかどうか調べてみるわ。出来るだけ、手助けしてあげるわね」

ジェニーさんは凄く興奮していた。大の動物好きで色々な動物シェルターにも
寄付したり、活動している人だったんだ。

それから、ジェニーさんはインターネットで迷子のバディの飼い主を探した。
でも、中々見つからない。もしかすると、州が違うのかも知れない。
電話であちこちの動物愛護協会や動物シェルターにも電話を掛けた。
でも、良い返事は来なかったんだ。

毎日、ジェニーさんはおじーちゃんを訪ねては、まだ、飼い主の情報がない事
を報告したけれど、余りにも情報がないので、二人とも、半分諦めかけていた。

そんなある日の事だった。
ジェニーさんの所に電話が来たんだ。
「もしもし、ジェニーさんと迷子の犬について話がしたいのですが」

それは、フロリダの女性だった。
「犬のお腹にナンバーを刺青してある黒と白のシープ ドッグですよね」
「そうです」
「もしかすると、それは、二年前に居なくなった私の犬かも知れません」
2年前までサウスキャロライナに住んでいたのだけれど、旦那さんの仕事でフ
ロリダに引っ越してしまった。
引越しをする前に自分の犬、ジョイスは裏の森に入って行って、行方不明にな
ってしまっていた。家族で、捜したけれど、森の中にジョイスの首輪と迷子タ
ッグが落ちていて、熊に襲われて死んでしまったのだと家族全員諦めていた。
というんだ。
死んでしまったと思っていたので、迷子の届けも出していなかったけれど、自
分のお姉さんがサウスキャロライナの動物愛護協会に勤めていて、たまたま、
同僚がジェニーさんの電話をとって、話をしている所に通りかかり、耳にお腹
に入れ墨のある犬の話が聞こえてきたんだって。え、まさかとは思いつつ、情
報に目を通すと、妹の行方不明の犬にソックリなので、すぐに連絡が来た。そ
こで、ジェニーさんに電話をしてきたという訳だったんだ。
何て言う流れなんだろう。

女性の名前はリリアンさん。さっそく、次の週末に車を飛ばして、バディを迎
えに来た。

「ジョイス」
と昔の名前を呼ぶと、ちゃんと覚えていて、リリアンさんに会えて、本当に嬉
しそうに、飛びついていったんだ。
リリアンさんも二年前に熊に襲われて死んだと思っていたジョイスが親切なお
じーちゃんに保護されて生きているのを目の当たりにして、涙が止まらなくな
っていた。
リリアンさんはジョイスの姿を見て、大変な苦労をしてきた事も直ぐにでも獣
医さんの治療が必要な事もわかり、出来るだけの事をジョイスにしようと決心
したんだって。

おじーちゃんはせっかく出来た家族を失うのはとても淋しかったけれど、バデ
ィのためには飼い主の所に戻り、治療してもらうのが一番だと泣きながら、バ
ディと別れたんだよ。

それからも、ジェニーさんは自分の犬達を連れて、優しいおじーちゃんを訪ね
て、バディの近況を報告してあげているんだって。       
                                          
つづく(次号掲載は3月21日を予定しています)