その84.
今日は、マイクさんのお話だよ。
マイクさんは若い頃、イギリスからアマゾンまで、一人で旅し、まさに冒険人
生だった。
65歳になり、そろそろ、リタイアして静かな生活をしようと、ボートを買っ
て、ボートパークに接岸してその中で暮らし始めたんだ。
沢山の人たちが、港のボートパークの中で暮らしていて、すぐに、皆と顔見知
りになって行った。
でも、一度も結婚した事もなく、家族もいないので、たった一人の生活は、と
ても淋しかったんだ。
ある日、桟橋で犬に出会った。
首輪もしていないし、誰かの犬かと思ったのだけれど、毎日毎日、一匹でいて、
じっとマイクさんを見ている。
どうも、捨て犬らしい。
一人暮らしのマイクさんは誰にも気兼ねはいらないから、その捨て犬を自分の
ボートに連れて行ったんだ。
捨て犬は、足が短くて、どうも、コーギーミックスらしかった。
とても、知的な目をしていて、すぐに、マイクさんとは何十年もの付き合いの
ようになって行き、マイクさんには大事な相棒になって行ったんだよ。
マイクさんは、この捨て犬にハンターという名前を付けて、どこに行くのも一
緒、コーヒーショップで朝ご飯を食べる時も、友人のボートで酒盛りする時も、
釣りをする時も、いつも一緒。片時も離れなくなって行ったんだよ。
ハンターは、マイクさんの足元から絶対に離れなかったんだ。
それはある春の夜の事だった。
春とはいえ、夜になるとジャケットがなければ寒くて居られない程、冷え込ん
でいた。
マイクさんは友人のヘンリーさんの所に呼ばれて、二人で酒盛りを始めたんだ。
ヘンリーさんとは、とっても気が合って、二人はよく、酒盛りをする。
夜もふけて、そろそろ、寝るかという事になったので、ヘンリーさんはマイク
さんに泊まっていけと勧めたんだ。
でも、マイクさんは、自分の船に戻る事にしたんだよ。
ほろ酔い加減で外の冷気が気持ちが良くて、フラフラと桟橋を歩いて行った。
すると、一箇所、濡れてツルツルになった場所があり、マイクさんはあっとい
う間に足を取られて、下の海に落っこちてしまったんだ。
海水は凄く冷たくて、気を失いそうになる。
何とか、自分で這い上がろうとしたけれど、桟橋は高すぎた。
マイクさんはもがいてもがいている。
ハンターは、桟橋の上から、もがいているマイクさんを見て、どうしたら、い
いのか考えていた。
でも、小さいコーギーミックスのハンターにはどうする事も出来なかったんだ。
そこで、ヘンリーは、来た道を大急ぎで戻り、ヘンリーさんのボートまで来て、
ワンワンと一生懸命に咆えたんだ。
でも、ヘンリーさんは酔っ払って、すっかり寝込んでいて、ハンターの鳴き声
は聞えない。
ハンターは、マイクさんの一大事だ、早く、起きて!と知らせたいのに、誰も
船から出て来ない。
ハンターは船に入りと、ヘンリーさんの寝ているベッドに飛び乗り、ワンワン
咆えたり、顔を舐めたりして、ヘンリーさんの目を覚まそうとした。
「おいおい、何だ、何だ?ハンターじゃないか?どうしたんだ?マイクはどう
した?」
ヘンリーさんは帰ったはずのハンターがここにいて、自分を起そうとしている。
マイクの姿はない。そこで、酔いもすっ飛んで、これは、マイクに何かあった
んだ!と気がついた。
ヘンリーさんは、ジャケットを取ると、上に羽織って、ハンターの後を追った
んだ。
ハンターは、「こっちだよ、こっちだよ!早く、早く」
と走り出した。
そして、桟橋まで来ると、下に向かってワンワンと咆えたんだ。
ヘンリーさんは下を見下ろすと、そこには、紫色の顔をして気を失いかけてい
るマイクさんが水に漬かっていた。
ヘンリーさんはマイクさんはもう駄目かも知れないとは思ったけれど、海から、
引き揚げ、大急ぎで船に戻り、救急車を呼び、マイクさんの体をブランケット
で包んで、体をさすった。
体は冷え切って、もう少し長く、冷たい海水に漬かっていたら、間違いなく、
マイクさんは死んでしまっていた所だったんだ。
夜中の事で誰にも見つけてもらえずに、一人淋しく、夜の海で死ぬ所だった。
ヘンリーさんはハンターが起しに来なければ、きっと、酔っ払ったまま、次の
朝まで、目を覚ます事は無かったと思っている。
死の淵から生還したマイクさんは、ハンターの為にダンボールに一杯のクッキ
ーを買って、感謝したんだって。
それからも、マイクさんとハンターは最高の相棒同士として幸せに暮らしてい
るそうだ。
つづく(次号掲載は7月25日を予定しています)
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