その12.
この ラ コスタに引っ越してから、すぐ裏に山に入る道があるので、建物を
出て、道を渡れば、山に入れるようになったんだ。
週末はダデイは僕らをハイキングに連れて行ってくれるようになった。
毎日、山の散歩は1時間位しているけれど、週末は山を2つ位越えたり、一番
高い山の頂上に行ったりと、4時間も5時間も歩き回るんだ。
で、あんまり遠くまで行った時は山を降りて、フェリーポートを探して、フェ
リーで帰って来ることもあった。所が、そのフェリーポートにつくには、地元
の小さな村を通るんだ。そして、シルバーマインベイという所に、ビーチを歩
いて辿りつくんだ。
毎回、毎回地元の野良犬10匹位が僕たちを待ち構えている。
何だ、知らない奴だ。とジロジロにらみ付けてくる奴や口から泡を吹いて凄い
勢いでガウガウと咆える奴。ガウガウうるさい奴は大体、気が弱いから、自分
を強く見せ様と虚勢を張るんだ。一番怖い奴はジーと様子をうかがっている奴
だな。
ダデイはハイキング用のステックを持っていたから、襲って来たら、ボカボカ
野良犬を殴ってやっつける準備はしていた。
でも、野良犬は人間が怖いから、僕たちが目当てなんだ。
何回かはピリピリしたけれど、何も起こらなかった。
でも、ある日。ボスのような野良犬が僕とチチに向かって来たんだ。
チチは小さいから、いつもチチが初めに狙われる。
僕とチチとダデイの周りを10匹位の野良犬が囲んだんだ。
チチは凄いファイターで自分より大きい犬のノド元にあっと言う間に食いつき、
地面に叩きつけて、次々と大きい犬をやっつけて行く。僕は基本的に喧嘩は嫌
いなんだ。
でも、うるさくされたり、チョッカイを出されて、気分を害したら、猛烈に怒
るさ。
それに、ダデイを守らなくちゃならない。ダデイにちょっとでも奴らが手を出
したら、死んでも守る位の気持ちだったんだ。
ダデイもステックで応戦した。凄い戦いだったんだ。
そのうちに、僕は逃げるボス犬を追いかけて、遠くまで、行ってしまったんだ。
チチとダデイは大丈夫だろうか?すっかり、僕は迷子になって、はぐれてしま
ったんだ。どうも、その時、ダデイとチチは野良犬をやっつけて、シルバーマ
インベイにたどり着き、1時間に1艘しか出ないフェリーの上だったんだ。
必死で僕を探したけれど、見つからなかったし、日が暮れてくると帰れなくな
ってしまうから、ダデイは僕は自分で帰って来れる、と信じて帰ってしまった
んだよ。
知らない僕はダデイとチチを探したよ。どこだ、どこだ?
でも、その内に、自分でマミーの所に帰る決心をしたんだ。来た道を辿ればい
いんだ。何度もここには来ているから、臭いも風景もちゃんと判っている。
でも、お腹は空くし、ノドは乾くし。でも、急ごう、段々、暗くなって来たよ。
川の水を飲んだりしながら、クンクン臭いをかぎながら、4時間くらい掛かっ
たんだ。
アパートにたどりついたのはもう外は真っ暗だった。
あ、マミーだ!入り口にマミーが立っている。僕を待っていたくれたんだ。
うれしかったよ。全速力でマミーの所に駆けていった。マミーは
「タマちゃん、どこに行ってたの。駄目でしょう、ダデイから離れちゃ!」と
怒った。
ダデイはビーチでの野良犬との戦いの事、話してないのかなあ。
でも、マミーは心配で心配で仕方がなかったらしく、僕をギュッと抱きしめて
「よく頑張ったね。一人で帰ってきたんだね。死ぬ程心配したんだよ。お腹す
いたでしょう。さ、中に入ろう」と言った。
部屋に入るとダデイもチチも飛んで来て「良かった、良かった」と喜んだんだ。
チチは僕を尊敬の目で見て
「お兄ちゃんは強いし、よくあんなに遠くから一人で帰ってこれたね」と言う
しダデイは「なー、言っただろう。タマタマは自分で帰ってこれるって」と言
った。
でも、マミーは何か凄く怒っていて、ダデイとは口をきかなかった。
後でチチに聞いたんだけど、僕が失踪した事でマミーとダデイは夫婦の危機だ
ったらしい。ダデイとチチがアパートに着くとマミーが「タマちゃんはどこ?」
と聞いたんだって。で、ダデイが「判らないよ。ビーチで野良犬に襲われて、
タマタマは居なくなったんだ。探したけれど、見つからないから、チチと帰っ
てきたんだよ。大丈夫だよ。タマタマは賢いし男の子だから、帰ってくるから
心配ないよ」と言うと、マミーは「キーッ!何言ってのよ。タマちゃんが帰っ
て来なかったら、離婚だ!どうして、置いてくるのよ。もう、シルバーマイン
ベイ方面は禁止よ。絶対に行かないで。行きたければ、チチとダデイで行きな
さい。タマちゃんを連れていかないで!」と凄いヒステリーを起こしたらしい
んだ。その後、僕の事を2時間近くアパートの前で待っていてくれたらしい。
心配をかけちゃったよ。
その後も週末のハイキングは続いた。でも、シルバーマインベイはご法度にな
っていたから、もっぱら、高い山を登ったんだ。
で、その日もいつもの様に、ズンズンと山を登って行った。
とても暑い日だったからダデイーは僕らを沢に連れて行ってくれたんだ。
水をたっぷりと飲んで、僕とチチは水浴びをした。
体が凄く熱くなっていたから、気持ちが良かった。すると、ダデイが
「あれー、なんだろ?」と大きな声を出したので、僕たちもダデイーのところ
に駆けて行ったんだ。
沢の上の方の大きな岩の上に子犬がちょこっと座っていたんだよ。
「子犬? 何でこんな所に??」
ダデイは直ぐにその子犬を拾い上げたんだ。小さくて、ダデイの手の上に乗る
んだよ。長い毛でゴールドでフワフワとした凄く可愛いオモチャみたいな子犬
なんだ。
僕もチチも思わずペロペロなめてしまった位なんだ。
ダデイは周りにもっと子犬が居るんじゃないか、お母さん犬が居るんじゃない
かと調べたけれど、何にもない。でも、その沢の岩は大きいから、子犬が自分
で上れる筈はないんだ。で、ダデイは誰かがここまでこの子犬を捨てに来たん
だと判ったんだ。
ダデイは猛烈に怒りを感じていた。僕にもビリビリ伝わって来たよ。
ダデイは独り言のように「町から2時間も掛けて、山を登って、どこのどいつ
がこんなに可愛い子犬を沢に置き去りにするんだ」 山の中には大きなへびも
他の野生動物も沢山暮らしているんだ。だから、このまま、子犬を沢に置き去
りにするという事は食べられてしまうか、死んでしまうかなんだ。だって、本
当に赤ちゃんなんだよ。
ダデイは「よし、今日は帰るぞ」と予定を変更して家に戻る事にした。
子犬はずっとダデイの手の上でおとなしくしていたんだよ。
部屋に着くと「子犬を拾ったよ」と手の上の小さい赤ちゃんをマミーに見せる
と「えー、また拾ったのおー。でも、可愛いね。チチとは月とすっぽんだわ。
この子なら、直ぐに貰い手が見つかるわよ。でも、どこで拾ったの?」と聞い
た。
「山の沢でね、ここから2時間登った所だよ。岩の上で座って、僕たちの事を
まるで、待っていたみたいなんだよ。まったく、2時間かけて山登って子犬を
捨てるなんて、どんな野郎なんだ。僕も久しぶりに強烈に怒りを感じたよ」
普段は凄く温厚なダデイだけど、今回は本当に怒っていた。
マミーは子犬を洗ってあげて、ミルクと缶の肉を食べさせるとお腹が空いてい
たらしく、全部食べたんだ。その後、バスタブに新聞紙とタオルケットを入れ
て子犬はその晩は眠った。でも、一度も泣かなかったんだ。
マミーは僕がはじめてマミーのうちの子になった時、夜は淋しくて、毎晩、ク
ンクン泣いて困った経験があったから、この子犬もクンクンするのは覚悟して
いたみたいなんだ。だけど、1回も淋しがって泣かなかったんだ。
朝起きて、マミーがバスタブを覗くと、子犬はタオルケットの上で静かに寝て
いた。
新聞紙の上にもシーシーもウンチもしていない。
「そんな馬鹿な!便秘しているのかしら。詰まっているのかしら」と子犬がシ
ーシーもウンチもしていない事が納得いかなかったらしいんだ。
それで、抱きかかえて外に出て、芝生の上に置いてやると、直ぐにシーシーを
して、ウンチもモリモリとした。
マミーはがく然として子犬を見て
「凄い子だわ。ちゃんとどこでシーシーしていいのか、生後1ヶ月位で知って
いるんだ。我慢がちゃんと出来るのね」と感激していた。
それから、2時間毎に芝生の上に置いてあげると、ヨチヨチと歩いては、場所
を探してシーシーする。マミーは悪魔のささやきを聞いたんだ。
チチとこの可愛い子犬をトレードしろと。
つづく(次号掲載は12月28日を予定しています)
|