僕とチチとマーレン
その30.

僕たちは毎週末、デビーさんとスク−ビーとダステイと合流して、大フィール
ドを何時間も駆け回るんだ。
スク−ビーとダステイは週末以外は家の庭でシーシーとウンチをしていて、駆
け回ったり、お散歩に行ったりしていなかったので、週末は僕たちと一緒に思
う存分駆け回るのが嬉しかったんだよ。
僕もチチもハンテングの血が騒いで、ラクーンを追いかけてやっつけたり、ス
カンクの巣を見つけてガスを吹きかけられて大騒ぎになったり、へびやネズミ
やとにかく、ハンテング出来るものはみんな、僕とチチの獲物だった。
だけど、やっつけるだけで、食べたりは絶対にしない。
それは、僕もチチも血の匂いが嫌いだからなんだ。
マミーと森に出かけても「ノーハンテング!」と先にコマンドされるので、い
つもマミーの目の届くところを歩いたり、匂いを嗅ぎまわったりするけれど、
ダディは違う。
フィールドに入った途端、僕とチチは自分たちだけで狩りに行くんだ。
体の中に時計を持っているから、どんなに夢中になっていても、帰りの時間は
守るよ。時間になると、駐車場のダディの車の所で集合だから、気兼ねなく、
遊びまわれるんだよ。

ただ、問題はダステイなんだ。デビーさんはダディとフィールドを歩き、スク
−ビーは僕たちと狩りに行く。
ダステイはお馬鹿だから、狩りの仕方も知らないので、足でまといで、デビー
さんの周りをウロウロするだけなんだ。
でも、他の犬に会うと、猛烈な勢いで咆えまくって、相手の犬を怒らせる。
怒らせた途端に逃げて隠れる。そこで、チチはダステイを助けに行って、その
怒った犬と喧嘩になる。という困った事が起きるんだ。

ダステイはチチの3倍くらい大きいのに、チチの子分で、チチもダステイがお
馬鹿なのを知っているから、どうしても、助けに行くんだ。小さいけれど、フ
ァイターだからね。
香港にいた時から、チチは何時も弱い犬を守ろうとした。
母性本能が強いのかも知れないなあ。

こうして、毎週末は楽しかった。ラクーンと戦って、顔を爪で引掻かれて、僕
とチチの顔は傷だらけだ。段々、凄みのある顔になって来たよ。
チチの顔も生傷は絶えないけれど、毎週1匹はやっつけた。
でも、こんな事がレンジャーの人に知れたら、ダディは500ドルの罰金なん
だ。
フィールドで犬を離しては行けないのと野生動物を殺したりしたら、罰金なん
だ。
やー、スリルとサスペンスだよ。

そうしたある日曜日の事だった。
また、スク−ビーとダステイと僕たちは大フィールドで落ち合って、週末のト
ラッキングだ。すると、チチが何かを感じたんだ。
チチが猛烈に走り出した。
僕とスク−ビーも後に続いた。そして、ダステイまでがチチの後を追ったんだ。
チチは大きなラクーンを見つけたんだ。
僕たちは興奮した。凄く興奮してチチの後を追いかけた。
チチはラクーンを巣の中まで追い詰めたんだけれど、その巣が色々な刺のある
小枝を積み上げたブッシュみたいな巣で中に入ってしまったラクーンに届かな
い。

チチは必死でその穴から中に潜りこもうとしていたんだ。
そこに僕とスク−ビー、そしてダステイが到着した。
興奮した僕たち3匹はその巣の上に飛び乗ったんだよ。
僕たちはそれぞれ、30K位の体重だから、90K位の重さがチチを押しつぶ
してしまったんだ。
ダディとデビーさんはただならぬ様相に僕たちを追いかけて来ていて、ダディ
が、1匹づつ、巣から離した。
とにかく、チチを出して、デビーさんに渡し、つづいて、ダステイ、スク−ビ
ー、僕とダディに捕まった。
チチも凄く興奮してラクーンの巣に戻ろうとしたけれど、デビーさんがチョー
カーを引いて、行かせなかったんだ。
僕たちは沼のような所でドロドロになった。
ダディは、このまま先に進んでも、僕たちがあきらめずにこの場所に戻って、
決着をつけようとするだろうと判断して、家に帰ることになったんだ。

車の中から、ダディはマミーに電話をした。
「大変だよ。タマタマもチチも泥んこだから、お風呂の用意しておいてくれ」
だけど、チチの様子がおかしいんだ。元気はないし、何だか、ぐったりとして
いる。

家に戻ると、マミーが玄関で「ギャ−」と叫んだ。
それほど、全身ドロドロだったんだ。
ダディはチチを先に洗った。
お風呂から出たチチをマミーがバスタオルで拭いていると、マミーはチチの様
子がおかしいのに気が付いたんだ。
首がダラリとしてしまい、白目になっていた。
マミーが「チチ、チチ」と呼んでも、全く反応がないんだ。
「ダディ、チチの様子が変よ。死んじゃうかも知れない。一体、フィールドで
何があったの?」
ダディは僕を洗っていたけれど、ビックリしてお風呂場から飛び出した。
チチはもうほとんど反応が無くて、自分のベッドでグッタリとしていた。
ダディもチチの様子がおかしいのが判ったんだ。
「一体、フィールドで何があったの?」
「ラクーンを巣に追い詰めて、全員が上からジャンプしたんだ。もしかすると
、デビーが強くチョーカーを引きすぎたのかも知れない」
マミーはチチの首の骨が折れたのではないかと思ったんだ。
ダディはすぐに服を着て、獣医さんに電話した。でも日曜日でお休みだ。
でも、救急病院の電話番号を留守番電話のメッセージに入れてくれていたので
、救急病院に連絡した。
「犬が死にそうなんです」
救急病院の人はすぐに連れてくるようにと、病院の場所を教えてくれた。
マミーはチチを大きなブランケットに包んで、車に乗り込んだ。
ダディは猛烈なスピードで走り出したんだ。
日曜日で道はガラガラだったけれど、20分は掛かる。
マミーは「チチ、チチ、死んじゃ駄目だ。」とチチの体を抱きしめた。
チチは口からダラダラと透明の液体を流しつづけ、もう完全に白目で反応は無
かった。
マミーは泣きながら、チチがどんなに大切なのか判ったんだ。
マミーは無神論者なのに、その時は神様、仏様、なんでもいいから、チチを助
けてくださいと心の中で祈ったんだよ。
病院に着くと、病院の先生がどうしたのか?と聞くので、何が起きたのかはっ
きりしないけれどと、ダディはフィールドであった事を説明した。
チチの様態は悪く、先生はXレイを掛けたり、検査するけれど、ここは救急病
院だから、明日の朝、迎えに来て、掛かり付けの獣医さんの所に転送するよう
にと言った。
そして、ぱっと計算して、「ざっと、最低300ドル掛かりますが、いいです
か?」と聞いたんだ。保険もないし、仕方がないけれど、高かったら、止めま
す、犬を見殺しにしますなんて、絶対に言えないとマミーは思った。
幾らお金が掛かっても、チチが助かるのなら、関係無くなっていたんだ。

そうして、ダディとマミーは救急病院にチチを置いて、帰って行った。
マミーは心配で心配でその晩は一晩中、泣いていたんだよ。
僕も、チチが突然家から消えてしまって、どうしたのか、心配で仕方なかった。

次の朝、救急病院にチチを迎えにいくと、チチは点滴を打たれていた。
まだグッタリとしていたけれど、生きていた。
先生は、水を大量に飲んでいて、溺れたような反応を示しているので、どこか
で水に漬かったんじゃないかと言った。一晩中、ゲーゲー吐いたんだとも言っ
た。
マミーはチチを抱き上げて、車に行こうとすると、チチはまた吐いた。
マミーはそっと、チチを車に乗せ、いつもの獣医さんの所に連れて行ったんだ。
僕も心配で車の中でチチに添い寝してあげた。大丈夫なのかなあ。
救急病院から獣医さんの所に連絡が行っていたので、チチを受け入れる体制は
ちゃんと整っていたんだ。
獣医さんは当分チチは入院になる事と原因を探す事と治療をする事を説明して
くれた。毎日面会に来て下さいよ、チチが淋しがるから。とも言った。

その晩、マミーはダディにチチが溺れたらしいという話をすると、ダディは、
チチがラクーンを追い詰めた巣は泥水の中だったから、穴に首を突っ込んでい
る所に後ろから、僕とスク−ビー、ダステイがジャンプして、その巣をぺしゃ
んこにしてしまった。きっと、その時、チチも潰されて、泥水に顔を押し付け
られたのかも知れないと推測したんだ。
それから、マミーはチチの入院はどのくらいになるのか判らない。
救急病院で1日300ドル取られたので、1000ドル、2000ドル掛かる
かも知れないから、用意してねとも言った。
ダディも、もうお金の問題じゃない、チチが助かるのなら、幾ら掛かっても良
いと思っていたんだ。

次の日、獣医さんの所に面会に行くと、
「チチは汚染された水を大量に飲んで、半分溺れたんですが、その汚染された
水が肺にも入ってしまったので、今肺炎を起しています。抗生物質を点滴で打
っていますが、レントゲンでは白い影が出ているので、当分、入院になります
よ」
と説明してくれた。

ラクーンは狂犬病を一番もつ野生動物で巣の下の泥水は色々なバクテリアや黴
菌で一杯だったんだ。それを飲んで溺れて、肺にも入ってしまったという事ら
しいんだ。
でも、原因も判ったし、チチも死のふちから舞い戻れたし、本当に良かったよ。
僕は、チチが居ない間は淋しくて、落ち込んでしまい食欲もなくなり、ウツに
なってしまった。チチがいなければ、何も面白くないんだ。

それから、2週間後にチチは退院した。
マミーは僕たちを無くすと言う事がどんなに辛くて、悲しい事か良く判ったん
だ。
だから、1分でも1秒でも、僕たちとの時間を大切にしようと決心したんだよ。                                           
つづく(次号掲載は5月3日を予定しています)