その36.

冬が来て、春になり、また、夏がやって来た。
マミーはすっかり、イルゼさんの子分になって、庭つくりに燃えていた。
年に一回のガーデンウォークにも選ばれて、一般公開することにもなって、マ
ミーの庭は段々と豪華になっていった。
イルゼさんの庭からも沢山の植物を貰って植えたり、中毒のように毎日ガーデ
ンショップに寄っては、新しい花を植えた。マミーは昼間に麦わら帽を被り、
庭の世話をするのが大好きになったんだ。

イルゼさんが「ねえ、今度畑を一緒にやらない?もう、私が畑を借りてあるか
ら、今年はトライアルと言う事で手伝ってよ」言ったんだ。
マミーは畑はまだ、早いと思ったけれど、去年イルゼさんに貰ったトマトの美
味しさを思い出して、今年はお手伝いと言う事で始めようかと決心した。

畑はここの住人が年35ドルを払って、浄水場横の大きな畑を何区画かに分け
たものを借りるんだ。
去年まではイルゼさんのお母さんが95歳で生きていて、そのお母さんのため
にリトアニアから毎年ナニ-さんを雇っていて、そのナニ-さんが畑の手入れも
していたのだけれど、今年、お母さんが亡くなり、ナニ-さんも国に帰して、
イルゼさんは手が必要だったようなんだ。

マミーとイルゼざんはビーフトマトを4本、チェリートマトを4本、ズッキー
ニを3本植えた。まだまだ、スペースはあったけれど、2家族が食べるには充
分だった。
夏は2日に一度は畑に行って、水やりしなければならないんだ。
イルゼさんは長い間、病気だったお母さんも亡くなり、旦那さんと旅行を始め
ていて、結局、マミーが水遣り係りになっていた。
僕とチチも一緒に畑に行って、マミーが畑に水遣りしている間は、周りで遊ん
だり、鹿の子供を追いかけたりして楽しんだよ。

所が、ある日の事だった。それは、土曜日の午後だった。
マミーが畑に入って、水遣りしている時に、転がっていた木片に錆びたクギが
出ていて、その上に乗ってしまったんだ。
クギは靴底を突き抜けて、足の裏に刺さってしまった。
すぐに、水で洗い、家に帰ると
「ダディ、大変、大変、錆びたクギを踏んじゃった!」
と言うと、丁度遊びに来ていたダディの友達のケンさんが
「破傷風になるよ。注射はしてあるのか?病院に行った方がいいよ」
と言ったんだ。マミーはそういえば、アメリカに入国する時に義務で予防接種
した事は思い出したけれど、何年効力があるのか、判らない。
「ダディ、病院に行っていい?」
「救急病院は高いから駄目。月曜日まで待ちなさい」
「私、破傷風で死んじゃうかもしれないのよ。」
「死にはしないから大丈夫。」と全くクールで病院にいくのは待てと言ったん
だ。
「なにー、チチの時は救急病院で幾ら掛かっても関係なかったじゃないの」
「あれは、チチが死にそうだったからで、マミーは死にそうじゃない」
マミーはクギの刺さった穴にハリを入れて、オキシフルを流し込み、中を洗浄
し、抗生物質のクリームを擂り込み、応急処置をした。
幸運な事にその応急処置が良かったのか1日は痛かったようだけれど、月曜日
には普通に歩いていた。3年前に打った予防接種も効いた様で、足も腫れなか
ったんだ。
月曜日にお医者さんに電話を掛けて、様子を話すと、予防接種は10年間効力
がある、足も腫れていないし、熱も出ていなくて、気分が悪くなければ、病院
に来なくて良いとの事だった。
でも、マミーは、土曜日のダディの「高いから、月曜日まで待て」と言われた
事は絶対に忘れないぞと心に決めていたんだ。

それから、1週間後の土曜日。
僕たちを連れて、ダディは森に行った。
その日は、何故か、大きな蜂がチチを追いまわしたんだ。
チチはその蜂に刺されてしまい、フラフラになって、足元が崩れ、歩けなくな
ってしまったんだ。
ダディはチチが蜂の毒で悪い反応を起していると思った。
すぐに抱き上げて、車に戻り、マミーに電話を掛けた。
「チチが蜂に刺されて、バッド リアクションを起しているから、すぐに獣医
さんに電話して」と言うと、マミーは
「自分ですれば?」と冷たかった。
ダディはすぐに家に戻ると、マミーが玄関で待っていた。
「チチのバッド リアクションはどこよ」
その時、チチは何も無かったように歩いて家に入っていったんだ。ダディは
「チチは蜂で刺されたあと、歩けなくなって、僕が抱いて車まで連れていった
んだ。本当にチチはバッド リアクションを起していたんだ」
「ふーん、私が錆びたクギを踏んで破傷風になるかも知れないと騒いでも、知
らん振りで救急病院は高いから駄目と言ったのに、チチがちょっと、蜂に刺さ
れただけで、救急病院に連れて行くんだ。ふーん、ダディは奥さんの私より、
チチの方が大切なのね」と凄く嫌味にダディに言った。
「連れて行きたかったら、自分一人で行きなさいよ。それから、今後、ダディ
が怪我しようが病気ななろうが私は同情もしないし、関係ないから、自分で何
とかして」
チチは、何も無かったように朝ごはんを食べて、何をダディたちがもめている
のかわからなかった。
ダディは、まずい事になったなあ、と困った顔をした。これから、何万回もこ
の話を蒸し返されて、マミーに苛められるのかと思うと、気が凄く重くなった
ダディだったんだ。

つづく(次号掲載は6月21日を予定しています)

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