その37

マミーは子育て論というものを持っているらしい。
赤ちゃんの脳は沢山刺激を与えると、どんどん神経が発達して頭が良くなると
いうものなんだ。だから、お母さんに愛情を沢山与えられて、いつも話し掛け
て貰って育った子供は賢いという理論なんだ。
だから、僕とチチもその理論通りに育てられたんだって。

マミーは母子家庭もどきだった僕が子犬の時、24時間僕に話し掛けてくれた
から、御蔭で僕はバイリンガル犬になったんだ。
マミーもダデイも僕とチチが会話の殆どを理解している事を判って来たけれど、
そういえば、と香港でのチチの話を思い出したから、話すよ。
チチは僕の1年後に、イタミ家にやって来たけれど、本当に頭がいい奴なんだ。
でも、とにかく、ブスだったから、チチの存続の危機というのが何度もあった
んだよ。
ダデイが山で子犬を拾った時もブラウニーがうちに居候した時も、マミーはチ
チと入れ替え様かと何度も考えたんだ。

そんなある日、あれはいつだったか、思い出せないんだけれど、マミーがぼそ
っといったんだ。
「チチのごはんにポィズン入れちゃおうかなあ」
チチはちゃんと聞いていたんだよ。えー、他の犬と入れ替えるために、私は死
んじゃうの?とチチはパニックになったんだ。
モチロン、マミーは冗談で言ったのだし、そんなひどい事はしないよ。
でも、チチにとっては、冗談では済まされない。それから、チチはマミーがく
れるごはんを絶対に食べなくなったんだ。
マミーはどうしてチチが食べなくなったのが全く判らなかった。
ダディが同じ食事をチチにくれると食べるんだ。
マミーは、突然チチがごはんを食べなくなった原因を考えた。
そうしたら、まさか、あの一言?というのがポィズンの冗談だったんだ。
始めは、チチがそれで、パニックになったり、食事しなくなったり、警戒始め
たりしているのが信じられなかったんだけど、段々、僕たちがマミー達の会話
をよーく聞いていて、マミーの想像以上に理解している事が判って、それから
は僕たちに聞かれて困る事は目の前では言わなくなったんだよ。6ヶ月位はチ
チは警戒していたけれど、マミーがチチを捨てたりしない事、ダディが自分を
守ってくれる事が判って、今はもう、そんなことは無くなったけれど。

僕たちは、ちゃんと聞いているよ。ただ、口がきけないだけなんだ。
その次に、チチが凄く色々な事を観察して考えているんだという事がマミー達
に判ったのがマーレン事件。
ビルさんのお父さんが亡くなって、お葬式というのをするので、マーレンがお
泊りに来たんだ。
何度もうちに遊びに来ていたけれど、お泊りは初めてだ。
シェリーさんに連れられてマーレンが家に来た。マーレンは、大喜びで、「遊
んで、遊んで」と僕とチチにまとわり付いてくる。
家中がプレイグラウンドになった。追いかっけっこだ。
シェリーさんはマミーに
「じゃ、御願いします。これが、マーレンのピロー、おやつに、デナー。それ
じゃ、明日の午後に迎えに来ます。マーレン、いい子でね」と言って、帰って
行った。
マーレンは、「えー、僕は置いて行かれるのー?」とドアの所に飛んで行って、
シェリーさんの後姿を見て、困っていた。
まさか、シェリーさんに置いていかれるとは思っていなかったんだ。
30分位はドアーの所に座って、シェリーさんが戻って来るかも知れないと、
待っていたけれど、ま、いいかーと気を取り直したようだった。
僕たちは、追いかけっこの続きをして、疲れて昼寝をして、とっても楽しかっ
た。
でも、マーレンは凄い甘えん坊で、昼寝の時も誰かの体に自分の体を押し付け
ていないと駄目なんだよ。
マミーがテーブルでお仕事していても、マミーの背中とクッションの間に入り
込んで、昼寝するし、僕とチチが相手をしないと、マミーの所に行って、ベッ
タリとマミーにくっついている。
そうしているうちに、夜になり、ダディがお仕事から帰って来た。
僕とチチはドアーの所でダディを大歓迎する。顔をベロベロなめ回して、嬉し
い、嬉しいと表現するんだ。そこに、マーレンが加わった。
マーレンも参加してダディの取り合いになったんだ。
チチは面白くない。マミーもダデイも「マーレン、マーレン」とマーレンばか
りにアテンションする。チチはとってもインデペンデントだから、ダディが帰
って来た時は、大歓迎するけれど、その後は一匹でソファーに寝そべっている
のが好きなんだ。
でも、チチはダデイズ ガールだと思っていたから、いくら友達のマーレンで
も、ダディを取られるのは面白くないんだ。

チチはじーっとマーレンの行動を見ていた。
夕食が済んで、ダディがテレビの前に寝そべると、マーレンはダデイの胸の上
に乗って体を丸めて、ダディに甘える。
ダディもビックリだ。「本当に、マーレンは甘えん坊だねえ」と言って、その
まま、マーレンを寝かせて置いたんだよ。
僕は30Kだし、チチは15Kもあって、重いし、僕たちはダデイの上に乗ろ
うなって一度も考えた事はなかったから、マーレンの行動は僕たちにとっては
ビックリの連続だった。マーレンのお父さんのビルさんもお母さんのシェリー
さんも共働きでマーレンは一人で日中はお留守番している。だから、誰かが一
緒にいる時は、凄く甘えるんだと僕に話してくれたんだ。そうか、今日はお泊
りだし、僕のマミーもダデイも貸してあげるよ。

9時になった。僕たちのネンネタイムだ。
僕はマミーとベッドで寝るけれど、チチは自分のベッドで寝る。さて、マーレ
ンはどうしようか? マミーは僕と喧嘩になるといけないから、大きな洗濯か
ごにピローを入れて、マーレンにここで寝なさいと言った。マーレンも初めて
のお泊りでどうして良いか判らない。とりあえず、言われたようにかごの中で
寝る事にしたんだ。
でも、2時間位すると、マーレンは起き上がり、マミーの所に来て、文句を言
い始めた
「どうして、タマタマ兄ちゃんはベッドで寝ているのに、僕は、かごの中なん
だよー?」
マミーは、「仕方がないな、じゃ、マーレンもベッドに来ていいよ」
というと、マーレンは、イェィとベッドにジャンプすると、マミーとダデイの
間に入って行き、ダディのピローに頭を乗せて、眠り始めた。
チチは、面白くなかった。7年間もベッドでダディと一緒に寝ることが許され
ていないのに、マーレンは初めてのお泊りで平気でダディと一緒に寝ているん
だから。

次の日の午後、シェリーさんがお迎えに来て、マミーが
「マーレンはゴードンの胸の上に乗るし、寝るときは私とゴードンの間に入っ
て来るし、本当に甘えん坊なのね」というと
「そうなのよ、日中、一匹なので淋しいらしくて、ビルが帰ると、ずっと、ビ
ルの胸の上にいるの」
ビルさんはダデイの2−3倍大きい人なんだ。だから、きっと、ビルさんはマ
ーレンのクッションみたいなんだろうなあ。

そうして、マーレンは帰って行った。それからなんだよ。
チチはマーレンのように甘えると、自分も可愛がってもらえる事を覚えたの
は!

ダディがテレビの前に寝そべると、チチはマーレンのようにダディの胸の上に
座った。
「おいおい、重いよ、チチ」
そうだよね、マーレンは5Kでチチは15K。チチは大きすぎる。
とにかく、ダディの膝に頭を乗せて、上目使いで
「私、可愛い?」と甘えて来る。今まで、一度もそんな事はした事がなかった
のに、マーレンが帰ってから、マーレン化してしまった。
その日から、チチの新しいあだ名は「マーレン2号」になったんだ。
僕たちは、ちゃんと見ているよ。考えているよ。


つづく(次号掲載は6月28日を予定しています
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