その38. 今日はね、ジョンとプリンセスの話をするね。 ジョンは純血種のポンセッター。ハンター犬だ。 素晴らしい毛並みとスマートでかっこよくて、凄く頭がいい。 飼い主のポールさんの自慢の犬だったんだ。 ポールさんはそれは、それはジョンを可愛がっていて、毎週末、森にハンテン グに行く時は、いつも、一緒だった。 ある日、娘さんのエミリーが自分の犬が欲しくて、雑種の子犬を貰って来たん だ。 ジョンに比べると、雑種の子犬はみすぼらしく、汚かった。 ポールさんは全く、この子犬には興味がなかったけれど、娘がもう一匹飼いた いと御願いすると、いいよと許してくれたんだ。 汚くて、みすぼらしいけれど、エミリーさんはその犬がとっても良い犬なのに 気が付いていた。 だから、名前をプリンセスってつけたんだ。 でも、ポールさんは家の中でジョンとプリンセスとは全く違う扱いだった。 ごはんの時も、ジョンが食べ終わるまで、プリンセスは近くでじっと、待って いなければならなかったし、ジョンが残したものを食べなければいけなかった。 ジョンにはベッドが与えられていたけれど、プリンセスは床の上で体を丸めて 寝ていたんだよ。 でも、プリンセスはこの家に来た時から、ずっと、そうだったし、ジョンがポ ールさんとハンテングに行って、獲物を持って帰って来るのを、とっても尊敬 していたんだよ。 ジョンは親分でプリンセスは子分だった。 それでも、プリンセスはジョンが大好きで、家にいる時はいつも、ジョンの後 を付いて廻っていたんだ。 何年たっても、ポールさんはジョンとプリンセスには差別をしていたんだ。 ある日の朝の事だった。 家の前でプリンセスが狂ったように、咆えていたんだ。 家中の人達が起きて来て、プリンセスの様子がおかしい事に気が付いた。 そういえば、ジョンの姿が見えない。 ポールさんはプリンセスの様子から、何かおかしい、プリンセスがポールさん に何か伝えようととしている事を感じて、すぐに着替えて、プリンセスの後を 追ったんだ。 プリンセスはポールさんが後を追いかけてくるのを確認すると、こっち、こっ ち、ポールさん、早く、早く!とどんどん、走って行った。 プリンセスは大きな道まで来ると、止まって、ポールさんを待った。 そこには、ジョンが横たわっていたんだよ。 ポールさんがやっと追いつくと、プリンセスがジョンの横に座って、 「ジョンが大変なの、ポールさん、助けてあげて!」 プリンセスは必死でポールさんに訴えたけれど、ワウワウとしか、ポールさん には聞こえない。プリンセスは 「ジョン、ジョン、目を覚まして、ポールさんを連れて来たから」 とジョンの顔をなめて、何とかジョンを起そうとしたんだ。 でも、ジョンは動かなかった。 ポールさんはジョンが車にはねられて、死んでしまった事に気が付いた。 「プリンセス、駄目だ。ジョンは死んでしまっている」 でも、プリンセスはあきらめなかった。 「ジョン、ジョン、起きて、起きて、一緒に家に帰ろうよ」 ポールさんは冷たくなってしまったジョンの体を抱えると、家に連れて帰った んだ。 家の前では奥さんのレニーさんとエミリーが心配して待っていた。 ジョンを抱きかかえたポールさんを見ると、 「どうしたの?大丈夫?」 と走り寄って来たんだ。 「ジョンは駄目だ。向こうの大通りでトラックに跳ねられたらしい。これから、 お墓を作るから、スコップを持ってきておくれ」 ジョンさんの目は真っ赤だった。男だから、泣けないけれど、あんなに可愛が っていたジョンが死んでしまって、本当は大きな声で泣きたかったんだ。 ジョンのお墓は家の前のマグノリアの木の下にした。 ポールさんは穴を掘って、ジョンの体を静かに横たえた。 レニーさんとエミリーも泣きながら、ジョンと最後のお別れをしたんだ。 プリンセスは近くに座って、皆の様子をジっと見守っていた。 ポールさんがスコップでジョンの体に土を掛けはじめると、プリンセスは急に 駆け寄ってきて、「何しているの?ポールさん、駄目駄目、ジョンを埋めちゃ 駄目」とその土を掻きだし始めたんだ。 「プリンセス、邪魔するな。エミリー、プリンセスを捕まえてろ」 ポールさんはプリンセスが邪魔していると思ったんだ。 プリンセスは体をブンブンとゆすって、エミリーさんの手から逃れようとして もがいた。 レニーさんも手伝って、二人で、プリンセスを押さえていたんだ。 すると、プリンセスは「ウワオーン、ワウオーン」って悲しくて悲しくて仕方 がないと泣き始めた。 そうして、ポールさんが穴を埋め終わると、また、プリンセスは穴の土を掻き だす。 プリンセスはジョンが死んじゃった事も穴に埋められてしまった事も受け入れ られなかったんだ。プリンセスはジョンが大好きだったから。 何度か、土を掻きだす、ポールさんが埋めるという事を繰り返して、やっと、 プリンセスは静かになった。 そうして、その埋められたお墓の上に寝そべったんだ。 夜になって、「プリンセス、ごはんだよ」と声を掛けてもプリンセスは聞こえ ないふりをした。そのまま、そこを動かずに、眠ったんだ。 次の日も、次の日も、また、次の日も。 何も食べないし、水も飲まない。夜も家の中に入って来ない。 エミリーさんは心配で心配で仕方が無かった。 「お父さん、プリンセスはもう3日もごはんを食べないし、水も飲まないのよ。 ジョンのお墓から動かないし、今度はプリンセスが死んじゃうよ。どうしたら いいの?」 ポールさんは 「お腹がすけば、食べるよ。放っておけばいい。そのうちに、あきらめて、家 の中に入ってくるさ」 と冷たく言い放ったんだ。 プリンセスは、ジョンの墓を守ろうと決心していた。 土の中で淋しくしているジョンを守ろうとしていたんだ。 2日たった。この日は朝から大変な雨が降り始めていた。 それでも、プリンセスは動かない。 雨は段々と激しくなる。プリンセスはマグノリアの木の下でずぶ濡れになりな がら、じっと、目をつぶっていた。 ポールさんは窓からその様子を見て、プリンセスは死ぬ覚悟で、ジョンのお墓 を守ったいる事に気が付いた。とっても熱いものがこみ上げてきて、ジョンを 埋めた時にも流さなかった涙が後から、後からこみ上げてきて、ポールさんは 声を上げて泣いていたんだ。 「エミリー、プリンセスのために肉のスープを作ってやれ」 と言うと、土砂降りの雨の中を飛び出していったんだ。 プリンセスはポールさんの声を聞いた。 うっすらと目を開けるとポールさんが大きく手を開いて、自分の体を抱きかか えようとしている。もう、すっかり、弱ってしまっていて、プリンセスは自分 では立ち上がれなっかったんだよ。 ポールさんはどろどろになったプリンセスを家の中に連れて帰り、温かいお風 呂に入れて、すっかり冷えてしまった体を暖め、シャンプーをした。 エミリーさんにも奥さんにも手伝わせない。 温かい肉のスープを食べて、プリンセスは少し、元気になった。 ポールさんは、プリンセスのジョンを守ろうという気持ちに感動していたんだ。 それからは、ポールさんとプリンセスはいつも、一緒に居るようなったんだ。 寝るときもポールさんのベッドの中。いつも、ポールさんの足元にいる。 TVを見ているときも、必ず、ポールさんの手が届く所で寝そべっている。 ごはんの時は、一緒にテーブルについて、お皿からごはんを貰って、みんなと 一緒に食べるんだ。 やっと、プリンセスは、ポールさんの家族になったんだよ。 つづく(次号掲載は7月5日を予定しています) |