その43
マミーとダデイは最近はすっかりマイホームカップルになってしまった。
これは、僕にはうれしい事だけどね。
パーテイに招かれてダウンタウンに行くのも片道1時間以上掛かるし、いつも
僕とチチを家に置いておくのが心配でマミーは「ダデイが一人で行ってよ。私
は家にいるからね」と出かけなくなった。
マミーが行かないとダデイも行かない。食事にも出かけなくなった。
お化粧したり、着変えるのが面倒だと家で食事する。
僕たちはダデイ、マミー、チチと僕で居ることが一番幸せになっていたんだ。
ダデイには大学時代からの大親友がいる。
一人はフィルさん。奥さんはマリーさん。
シカゴのサウスの郊外に公園のような大きなお庭の家に住んでいる。
奥さんのマリーさんはよく、ホームマガジンに載るアーリーアメリカンのアン
テックコレクターでデーラー。お庭のエキスパートでもある。マリーさんのお
庭はそれはそれは素晴らしいんだ。
毎年7月4日のインデペンデントディには沢山の友達が集まって大パーテイだ。
もちろん、僕とチチも参加する。
大きなお庭でウサギやラクーンやリスを追い掛け回す。時々、チチが穴を掘っ
てしまうので、マミーはハラハラしていた。
フィルさんとマリーさんには娘さんと息子さんがいるけれど、二人とも結婚し
ている。
二年前まで、フィルさんとマリーさんは犬のプーキーと暮らしていた。
プーキーはラブラドールと何かのミックスで顔はラブラドールだけど、体は真
っ白な素晴らしく綺麗な毛をしていたんだ。
マリーさんはそれはそれはプーキーを可愛がって3番目の子供として育ててい
たんだよ。
この公園のような庭もプーキーの為の遊び場だったし、モチロン、寝るときも
フィルさんとマリーさんの間で寝る。(僕みたいだね)
プーキーは大型犬としては凄く長生きで16歳になったんだ。
目も見えないし、耳も聞こえない。ヨボヨボになっていったけれど、フィルさ
んもマリーさんもプーキーが自然にこの家で息を引き取るまで、面倒を見よう
と決めていた。
でも、獣医さんがプーキーは内臓にガンが出来てしまっているし、年が年だか
らこのままでは、苦しむだけです。これから激痛の連続になるから、もう眠ら
せてあげましょうと二人に話したんだ。
フィルさんとマリーさんはその晩話し合った。
マリーさんはプーキーがいなくなってしまう事は耐えられないと中々、決心が
つかなかったけれど、フィルさんは激痛に苦しむプーキーを見ているほうがず
っと耐えられない。もう、休ませてあげようと言って、マリーさんを説得した
んだ。
次の日、獣医さんに電話を掛けて、プーキーを眠らせる事になった。
フィルさんは庭の片隅にプーキーのお墓も作って、プーキーはそこで眠ってい
る。
それから、2年がたち、マリーさんはプーキーがいなくなった悲しみと苦しみ
からやっと解放されたけれど、二度と犬は飼わない、またあんな思いをするの
は嫌だ、と新しい犬は飼わなかったんだ。
二人は毎週末、友達とテニスをする。
ある日、テニスコートの駐車場に車を停めて、ふと先の家を見ると、庭に檻が
ある。
その中に白い犬がいるのが見えたんだ。
マリーさんはどうしても、その犬を見たくなって、近づいていった。
マリーさんはハッと息を呑んだ。だって、その犬はプーキーそっくりだったか
らなんだ。
でも、白い毛はドロドロだし、檻の中はウンチだらけ。
水のボールも食べ物用のボールも一度も洗った事がないように真っ黒だった。
それに、その犬は一度も散歩に連れて行ってもらっていないのじゃないかとマ
リーさんは思ったんだ。絶対に、こんな扱いをしちゃいけない。
マリーさんは激しい怒りに体がブルブル震えたんだって。
その帰り道、フィルさんに「絶対に許せない。あんな犬の飼い方はないわ」
「君は犬がプーキーに似ているから、ちょっと感情的になっているんじゃない
のか?あれは、人が飼っている犬なんだよ。生きているという事は食べ物も貰
っているんだし、人の家には干渉したら駄目だよ。どんな人が飼い主かわから
ないじゃないか?」
フィルさんはそう言って、マリーさんをなだめた。
でも、マリーさんはあきらめなかったんだ。
フィルさんに内緒で、時々、その犬を見に行っていたんだ。
檻の近くに行って、少しづつ近づいて行くと、犬はクンクンと鼻を鳴らしてマ
リーさんに会えるのを喜んだ。何度会っても、プーキーそのものなんだ。段々
、マリーさんはプーキーがこんな汚い、不潔な刑務所に無実の罪で閉じ込めら
れているような気になって来ていた。
なんとしても、助けださなければ!
でも、その檻を壊して犬を連れ出したら誘拐と器物破損で警察に捕まってしま
うし、一体どうしたら、この哀れなプーキーそっくりの犬を助け出せるのか?
マリーさんは一大決心をした。直接、オーナーに掛け合おう。
フィルさんはマリーさんの気持ちが凄く真剣だったので、一緒について来てく
れたんだ。
だって、どんなオーナーか判らない、心配だものね。
マリーさんは玄関のベルを鳴らした。
中から、14−5歳の女の子が出て来て「何?何が欲しいの?」とつっけんど
んにドアを開けた。
マリーさんは怒ったり、相手を怒らせたりしないように
「貴女のお庭にいる犬の事なんだけれど、あんまり、素敵な犬だから、ちょっ
と、オーナーとお話がしたいのよ」
「あー、あれね、お兄ちゃんの犬」
「何だ、何のようだ?」
と後ろから、17−8歳のギャングのような男の子が出てきた。
「いえ、あのお庭にいる犬。私が飼っていた犬にそっくりで、良かったら、譲
ってくれませんか?」
「え、幾ら出すんだよ」
「100ドル」
「OK,OK。ビジネスは成立だ。キャシュじゃなきゃ駄目だ。今すぐ払って
くれるのなら、連れて行っていいよ」
この男の子は全く犬の事を愛していない。むしろ、100ドルも貰えるのなら、
邪魔な犬を連れて行ってくれという感じだったんだて。マリーさんは余りのイ
ージーな展開にビックリしてしまったけれど、これで、あの犬が解放されるの
ならとその場で100ドル払った。
その時に家の中を覗くと、滅茶苦茶でだらしなく、汚かったんだって。
人間があんな生活をしているのだから、犬の環境なんて関係なかったんだ。
「所で、犬の名前はなんていうの?」
「あー、ホワイト トラッシュだよ」
白いゴミ?何てヒドイ名前なんだろう?
マリーさんはすぐにフィルさんの所に行って、犬を買った事を伝えて、二人で
裏庭に廻った。
犬はマリーさんの事を見ると、嬉しくて嬉しくて仕方がないとブンブンと体を
揺すって、クンクンと鼻を鳴らしたんだ。
フィルさんがゲートのチェーンを外して、マリーさんが
「こっちにおいで。心配ないわよ。いい子、いい子」と声を掛けたんだけど、
犬は檻から出てこない。
ずっと、檻の中にいて、外に出た事がなかったから、ラインを越せないんだ。
「大丈夫、大丈夫。ほら、クッキーもあるわよ。出ておいで」
きっと、檻から出ると、ぶたれたり、殴られたりしていたから、恐怖感があっ
て、出て来れなかったんだ。ソロリソロリとゲートに近づき、一歩、一歩と檻
から体を出して来た。
マリーさんはプーキーの首輪と引き綱をつけて犬を檻から出した。
その犬にとっては、生まれて初めての経験だったんだ。
駐車場に行き、車に乗せて、一刻も早くその場から立ち去りたかった。
もし、オーナーの気が変ったら大変だ。
車の中でも、犬にとっては外の風景も車に乗った事も皆はじめての経験で、ず
っと窓の外を見ていた。けれど、突然、マリーさんの顔をペロペロなめて、そ
の後、フィルさんの頭をクンクンと臭いを飼いで、首筋をペロペロなめて、
「ありがとう、ありがとう」って感謝したんだって。
マリーさんは「あなたの名前がホワイトトラッシュなんて信じられない。今日
からプーキーJr.って名前よ」と犬の名前をプーキーJr.に決めた。
それから、プーキーJr.はフィルさんとマリーさんの家でプーキーのように
可愛がられて暮らしているんだよ。マリーさんはプーキーJr.に出会った事
は決して偶然じゃない、プーキーの生まれ変わりか、プーキーが会わせてくれ
たんだって信じている。本当に、プーキーにそっくりなんだ。
つづく(次号掲載は8月7日を予定しています)
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