その54.

このお話は消防士のロレンゾさんと愛犬の話だよ。
ロレンゾさんは勤続20年のベテラン消防士でみんなの人気者だった。
でも、奥さんが乳がんに掛かってあっという間に体のあちこちにガンが転移し
てしまい、亡くなってしまったんだ。
子供がいなかったロレンゾさんは奥さんを亡くしてから、人が変ったように暗
く静かになってしまい、毎日ため息ばかりをついていたんだ。
消防署で一緒に働いている仲間の人達が、ロレンゾさんのあまりの落ち込み方
にどうしたら元気になれるかと相談した。
そこで、仲間の人達全員からロットワイラーの子犬をプレゼントしようと決め
たんだ。
丁度、仲間のお友達の家で子犬が6匹生まれた所だったから、皆でお金を出し
合って、そのうちの一匹を買う事にしたんだ。

ロレンゾさんを飲みに誘って、そこで、子犬の入ったギフトボックスをプレゼ
ントすると、ロレンゾさんは男泣きして仲間の人達の気持ちに感謝した。
それに、まだ、生後2ヶ月の子犬は物凄く可愛くて、一遍で一目惚れしてしま
った。
名前をシンダーってつけたんだ。

それからはロレンゾさんとシンダーは一時も離れない。
寝るときは子犬のうちはロレンゾさんの胸の心臓の上で鼓動を聞きながら寝る。
少し大きくなるとちょっと重いので、ベッドで寝るけれど、いつも、体をくっ
つけていたんだ。

1歳になって相棒が欲しいだろうと、今度は女の子のロットワイラーをシェル
ターから引き取り、名前をジルと付けて、ロレンゾさんとシンダーとジルはい
つも一緒だった。

お休みの日は家の裏の森を1時間位歩く。シンダーもジルも散歩が大好きなん
だ。

所が、あるお休みの日、ロレンゾさんはシンダーとジルを連れていつもの様に
、森に入って行くと、突然シンダーが立ち止まり、ジーとロレンゾさんを見詰
めて、その後、地面に伏せてしまったんだ。
「どうしたんだ?シンダー、具合が悪いのか?家に帰りたいのか?」
いつもなら、シンダーは散歩が嬉しくて、ルンルンと歩き回るのに、様子がお
かしい。
もしかすると、病気かも知れない。とロレンゾさんは思い、そのまま、Uター
ンして家に帰ったんだ。

家に帰ってからも、シンダーはロレンゾさんの顔をジーと見詰めて、何か言い
たそういだ。これは、獣医さんに相談しよう、とキッチンのカウンターの電話
の所まで来ると、キューっと胸が痛くなり、そのまま、床に倒れてしまい、ロ
レンゾさんは気を失ってしまったんだ。心臓麻痺の初期段階だった。

シンダーは子犬の時からロレンゾさんの心臓の鼓動を聞いて育っていたので、
ロレンゾさんの体の変調を察知していたんだよ。
だから、森から家に帰りたかったんだ。

どの位時間がたったのか、シンダーが顔をペロペロ舐めて、ロレンゾさんを起
そうとした。
でも、ロレンゾさんは自分で起き上がれなかったんだ。
意識もモウロウとしていた。
すると、シンダーはキッチンカウンターに飛び乗ると、ワイアレスの電話をく
わえて、ロレンゾさんの手のところまで運んで来た。
ロレンゾさんはモウロウとした意識の中で911にダイアルして何とか自分の
状況を説明して救急車に来て貰う事が出来たんだ。

もしも、森の中で心臓麻痺を起していたら、きっと誰にも知られずに死んでし
まっていたとロレンゾさんは思った。
それに、シンダーが自分の心臓麻痺を予知して家に帰った事とワイアレスの電
話を手元に持ってきた事、シンダーのインテリジェンスにも凄く感銘したんだ。

ロレンゾさんは直ぐにバイパス手術をして今は、スッカリ良くなって、また、
消防士の仕事に戻っている。命の恩人のシンダーを前以上に大切にして暮らし
ているよ。
                                         
つづく(次号掲載は10月25日を予定しています)