その70 これは、メラニーおばあちゃんのお話だよ。 おばあちゃんは75歳。長い事、ミュージックストアーを経営していたのだけ れど、段々と色々な事を忘れてしまったり、思い出せなくなったりし始めたの で、娘のジャッキーさんにお店を任せる事にしたんだ。 リタイアーして、お庭の世話をしたり、悠々自適の毎日だったけれど、どんど ん、物忘れが激しくなってきた。 お店にちょっと寄った時に、ジャッキーさんに 「ママ、悪いけれど、これを銀行で預金して来てくれない?」 と頼まれて、OK,と封筒を貰ったのは良いけれど、お店を出た途端、何を頼 まれたのかすっかり忘れてしまって家に帰ってしまったり、自分で車を運転し ていて、一体自分がどこに居るのかも判らなくなってしまったりと、困った事 が始まったんだ。 お医者さんは、メラニーおばあちゃんはアルツハイマーですと診断されて、車 の免許証も取り上げられてしまったんだ。 おばあちゃんは一人暮らしだったけれど、10歳になるシャーペイのリンクル が唯一の話し相手で友達だったんだよ。 ほとんど、毎日テレビの前に座って、ボーっとテレビを見る毎日だったけれど、 リンクルはいつも、おばあちゃんの横で寄り添っていたんだ。 ある日、おばあちゃんはトイレに行って、シンクの上にあった花瓶を間違って 床に落としてしまった。床は水浸しになってしまった。 おばあちゃんはバスタオルで、その水を掃除して、濡れたバスタオルを乾かそ うと、ヒーターの上にそのタオルを乗せたんだ。 そして、すっかり忘れてしまった。 1時間経ち、2時間経ち、おばあちゃんはテレビを見ていた。 すると、モクモクとトイレから煙が立ちのぼって来たんだ。煙はテレビを見て いるおばーちゃんの所にも煙が流れて来たけれど、おばあちゃんは気がつかな い。 ヒターに乗せたタオルが燃え出してしまったんだ。 リンクルは狂った様におばあちゃんに知らせようと、ワンワンと咆えたけれど、 おばあちゃんはすっかり混乱してしまい、何が何だか判らなくなってしまって いたんだよ。 幾ら、咆えてもおばあちゃんにはタオルが燃えている事が判らない。 リンクルはこれは、外に助けを求めに行くしかないと、窓を破って、外に飛び 出すと、お隣の庭に走ったんだ。 丁度、お隣のジュリアさんが庭仕事をしている最中だった。 リンクルは何とか、ジュリアさんにおばあちゃんが大変なんだと知らせようと、 ワンワンとグルグル回りながら、咆えたんだ。 ジュリアさんはリンクルの事を良く知っているから、おばあちゃんなしで1匹 だけで、外に出ているのもおかしいし、リンクルが狂った様に咆えるので、一 体どうしたのかと、リンクルの首輪を掴んで、おばあちゃんの家に行ったんだ。 おばあちゃんの方は、タオルが燃えているのはちっとも理解出来なかったけれ ど、リンクルが居なくなっている事に気がついて 「私の犬、私の犬」とリンクルを捜しに外に出て来ていたんだ。 「おばあちゃん、どうしたの?リンクルが私の所に来て咆えるし、おばあちゃ ん、裸足のままで家を出てきちゃったのね」 とジュリアさんはおばあちゃんとリンクルをつれて、家のドアを開けたんだ。 そうしたら、家の中から物凄い煙がブアーと出て来て、これは,火事だーって 判ったんだ。 すぐに911に電話をして消防車に来てもらい娘さんにも連絡した。 火事はトイレを燃やしただけでお家までは燃えなかったんだよ。 娘さんも隣のジュリアさんもリンクルがいなかったら、きっとおばあちゃんは 何が何だか判らないうちに煙にまかれてしまったに違いない、これは、リンク ルのお手柄だと思ったんだ。 今はおばあちゃんは本当に何も判らなくなって車椅子でお庭を眺める毎日にな ってしまったけれど、リンクルはいつも、おばあちゃんを側で守っているんだ よ。 つづく(次号掲載は4月11日を予定しています) |