その73.
今日はね、ジョンソンさん一家のお話だよ。
ジョンソンさんの夢はいつか、大きな農場で暮らす事だったんだ。
何年も頑張って働いて、ついに、農場を手に入れて、一家で引越しをした。
大きな古い農場で、お隣りまでは車で20分走らなければならないし、町まで
は1時間もドライブしなければならない、凄い田舎だったんだよ。
ジョンソンさん達は、田舎生活は初めてだったし、農業をするつもりはなかっ
たので、お父さんは毎日、町に仕事に出かけて行くんだ。
農場に引っ越してから、多分一番喜んでいたのは、イエローラブラドールのト
ーリーだった。
トーリーは12歳で、酷い神経痛に悩まされていたんだ。
でも、お昼間に、農場で暖かい太陽を浴びて、ゴロゴロと昼寝をしているのが、
一番幸せそうだった。歩くときも足を引きずるし、とっても辛そうだった。
トーリーはジョンソンさんの娘さん達が本当に小さい頃から飼われていたので、
ジョンソンさんは末の娘と呼んでいるくらい、トーリーを可愛がっていたんだ
よ。
ある晩、お父さんが今晩は仕事で遅くなるよと電話をしてきたので、娘さん2
人とお母さんは、夕飯を済ませて、キッチンで食器を洗っていたんだ。
「あら、何かしら、外で何か聞こえなかった?」
娘さんの一人が、外で音がするので、ドアを開けて、ポーチに出てみると、大
きな木の下に人影が見える。
「何しているんですか?そこにいるのは、誰?」
とっても怖くなって大きな声で叫んだんだ。
すると、ウー、ウー、ウーと凄い唸り声が聞こえて、その影が動いたんだ。
何と、その影はグリズリーだったんだ。
お腹を空かして、凶暴になったグリズリーが、家の明かりを見つけて、食べ物
を捜しに来たんだ。
「キャー」
生まれて初めて見るグリズリーだ。
体長2Mぐらいある、巨大な真っ黒なグリズリーだ。
立ち上がるとガウーとよだれを流して、真っ赤な口をあけて、大きな牙をむい
ている。
娘さんは恐怖で体が固まってしまって動けなくなってしまったんだ。
「キャー」
もう一度、叫んだ。
すると、家の中でベッドに横たわっていたトーリーが飛び起きると、外に出て
来たんだ。
トリーの目には自分の大切なジョンソンさんの娘さんがグリズリーに襲われそ
うになっている。
トーリーは娘さんの前に出ると、猛烈な勢いで、グリズリーに吠え掛かり、何
とか、グリズリーを追い払おうとしたんだ。
ところが、グリズリーはトーリーの体をわし掴みにすると、大きな木に登り始
めたんだ。
トリーの「ヒー、ヒー」という苦しそうな声だけが闇の中で聞こえる。
お母さんは家の中から、ライフルを持ち出して、何とか、グリズリーがトーリ
ーを離すように威嚇射撃した。
すると、グリズリーはやっと離したけれど、トーリーは大きな木からまっさか
様に地面に叩きつけられてしまったんだ。
お母さんは続けて、何度も、何度もライフルを空に向かって撃って、グリズリ
ーが逃げ出すのを待ったんだ。
トーリーは、地面に落ちた後、ゆっくりと立ち上がり、ヨロヨロと森の中に入
って行ってしまったんだよ。
グリズリーが逃げ出した後、お母さんと娘さんたちは、トーリー、トーリーと
呼んだけれど、聞こえないようだった。
それから、お父さんが戻り、一家でトーリーの大捜索をしたけれど、トーリー
は見つからなかったんだ。
一晩中、眠らずに、トーリーの事を待ったけれど、戻って来なかった。
もう、駄目だ。トーリーは死んでしまったんだと一家全員で諦めかけた時、外
で、ワンワンと咆える声がする。
トーリーだ!トーリーが戻って来たんだ。
ドアを開けると、そこには血だらけのトーリーがいた。よく、歩いてこれた、
というくらい、
酷い怪我だったんだ。
すぐに、トラックに乗せて、車で40分離れた獣医さんの所に、担ぎ込んだ。
トーリーの肺は半分潰れ、何箇所も骨折していて、本当に重症だったけれど、
一命は取り留めたんだよ。
ジョンソン一家はもうおばあちゃん犬で優しくて、喧嘩もした事がないトーリ
ーが巨大なグリズリーに立ち向かっていった事が信じられなかった。
命がけで娘さんを助けようとしたんだ。
それからも、トーリーはジョンソン家の末娘として毎日、農場の陽だまりでお
昼寝をして、余生を送ったんだって。
つづく(次号掲載は5月2日を予定しています)
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